稚羽矢を探しに行った狭也が、再会したその日の晩です。
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時に人の心を狂心させるようなこの大海原も、今は闇の底に携えて、生まれたばかりの赤子に聴かせるような穏やかな潮騒を奏でている。
すぐ傍らでは時折、若草色や金の光彩を放つ焚き火のはぜる音も聞こえるが、それも目の前にいる稚羽矢へ意識がいくと、ついには耳に届かなくなった。
ごめんなさい。それだけを口にする為に狭也は稚羽矢のもとへ来た訳ではないのだと、稚羽矢に再会して気付いた。
あれだけのことを言って突き放したのに、また稚羽矢は傍に居てくれると言う。
稚羽矢に様々な感情を与えたのは、狭也自身の罪だと思っていた。特に怒りや戦意を与えてしまった事には本当に悔いていた。無垢な子供のようにあんなにも清らかな存在だった稚羽矢を、自分は汚して更には傷つけてしまったのだ。けれど、謝罪の言葉を口にしても、狭也の全てを受け入れてくれてる稚羽矢には、少しも意味の無いものだと知った。
こんなにも慈悲深いものを、狭也は知らない。
稚羽矢の事を考えただけで、嬉しさや愛しさがない交ぜになる。
眼差しが交わされて、どんなに近くに稚羽矢が寄っても、紗夜は決してそれを反らすことが出来なかった。
眼同士がぶつかり合うより先に、唇が先に合わさった。
初めて交わした口付けの柔らかさに、狭也は驚きながらも、夢中でそれを受けた。雨の後に山中へ入り込んだ時のように、思考はすぐに白く霧がかっていく。
狭也の華奢な身体を、撫でつけるようにそっと触れていくその手つきに、甘い息が漏れた。
「んっ……っ」
濡れたその声に、狭也は消えたくなるほどの恥ずかしさを覚える。
慌てて距離を取ろうとしたが、既にその腕に囲われて逃げることも出来ない。
「狭也……?」
唇が離れ、稚羽矢と眼差しが合う。
稚羽矢の長く艶やかな髪が、焚き火の光を借りて、漆黒から金の色に変わっている。それは、彼の整った相貌を更にこの世の者とはいえ思えないほど、美しいものに駆り立てていた。
当人は気付きもしなかったが、狭也とて十分に見目麗しいと羽柴の村の祭で皆に言われ、稚羽矢の兄である月代王に妃にする意向を伝えられる程ではあった。しかし、自分の容姿を特別気にしたことなかった狭也には、そんな事考えにも及ばなかったのだ。
そのやさしい目見には、見たことのない熱が込められ、狭也は身体を巡る言い知れぬ感覚に、身体を縮めた。
そんな狭也を見つめたまま、抱きすくめ、狭也の下部へと手を這わす稚羽矢に、思わず口が開いた。
「どうして、知ってるの?」
「……何が?」
「…………こういうこと、したことあるの?」
にわかに信じ難い話だが、そうでなければなぜこの行為の手順が分かるのか説明がつかない。
だが、出会ったばかりの稚羽矢は、剣の巫女として女の子の格好をしていたではないか。しかも好んで夢を見る稚羽矢を疎い、照日王が何百年も照日の御所の奥にある宮殿に閉じ込めていたのだから。それに、稚羽矢も狭也に逢うまで若い女の子に逢ったこともないような口いいをしたのに。
それでは、稚羽矢にそれを教えたのは一人しかおらず、さすがの狭也も顔を青くした。
「まさか……照日王が?」
「姉上がどうかしたの?」
「だから、あなたはどうしてこういう――」
皆まで言わず、狭也は口ごもる。
よくよく考えてみるまでもないが、なぜこんなはしたない事を、このような場で言わなければならないのか。
身を寄せ合い、稚羽矢の身体の温かさを感じているだけで、狭也は酒に酔ったようにくらくらするというのに。
狭也が目をつむり、何度となく首を振ったところで、稚羽矢が再び手を進めた。
も身にまとっていないその身体に熱を移し、狭也の脚を開くと、その最奥に指を潜らせた。そして、稚羽矢は囁くように言った。
「……わからない」
その言葉を不可解に思いながら、狭也はそっと瞼を押し上げた。眼前には、眉を下げて困り果てている稚羽矢がいた。
「わからない。ただ、狭也の事を想い、こうして寄り添っていると、不思議とどうすればいいのか浮かんでくる」
狭也の中を確かめるように、稚羽矢の指が動き出す。途端に沸き起こる悪寒にも似た感覚に、酷く目眩がした。
「っ……ぁ、ん」
「わたしが輝の眷族だからだろうか。狭也たち闇の眷族はそういう事はないの?」
よりにもよって、そんな事を恥ずかし気も稚羽矢は問う。至極真面目な瞳に目を離すことも出来ず、狭也はなんとか首を振ることで意思表示をした。
世間ずれした稚羽矢らしいと言えば、全くその通りなのだが、狭也ばかりがこんな思いをしているのは、不公平だと思った。
いつの間にやら砂地を背に押し倒され、逃げ場もなく囲われているのでは、稚羽矢がする施しに、狭也はただ息をあげるしかない。
始めは無理矢理狭也の中に押し込めて指も、苦しいながらに少しだけ楽になると、稚羽矢が指を抜き取った。
「狭也……」
稚羽矢の熱い吐息が、耳元を撫でていく。狭也の脚を抱え上げた稚羽矢が、今よりも更に近づいた。次に起こるか事態に恐怖を感じ、常闇へと瞼を降ろす。
稚羽矢の指が先程まで触れていたところへ、ゆるりと押し付けられたらそれは、火傷をしそうなくらい熱い。ぐっと中に押し入られ、あまりの大きさに狭也は息を詰めた。
熱さの中に、確かな脈動を感じる。そう気付いてすぐに、熱は狭也から消えようとして、直ぐに引き返すようにもとの位置に戻った。
それが何度も繰り返されるうちに、間もなくして、自分の身体に滲み出る新たな現象に、狭也は必死に首を振り始めた。静かなはずの大海原が大波を巻き起こし、狭也の全てを飲み込み、攫って行ってしまいそうで怖かった。
「稚羽矢…っん、稚羽矢ぁっ」
傍にある稚羽矢の腕にすがるように触れる。
「っ…狭也、大丈夫だ。わたしは…此処にいる」
余裕の無さそうな稚羽矢の声に、閉じたままの瞼を押し上げると、相変わらず綺麗な顔をした稚羽矢がいた。
「あっ…んん、んぅ……っ」
やさしげな眼差しが、狭也を見守り、狭也を追い上げる。
流されそうになる感情を必死に繋ぎ止めることが出来たのも、また稚羽矢の存在があってこそだった。
内なる変化にも、稚羽矢と眼差しを絡ませて。
「やっ、ぁ――っ!」
やがて訪れた収束に、狭也は身体を震わせた。間もなくして、狭也の胎内に稚羽矢の熱い一部が残されていった。
夜のはずなのに、けぶる木漏れ日の中に居るような状態に意識を眩ませながら、自分と同じように呼吸を乱していれ稚羽矢を、愛おしそうに抱きしめた。
かいなに囲われた心
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