哀想/拍手御礼話 | ナノ


街の巡回を終え、屋敷へ帰宅をしたノヴァは、エンタランスホールで三歩も進まぬ内に、それを耳にした。

「お嬢が熱を出したらしい」

常に端然とした佇まいで仕事に望み、何事にも動転することのない聖杯達。――自分の部下がそわそわと落ち着きの無い様子を見せているのに、ノヴァは眉を寄せた。
パーパの娘というレッテルをひけらかすことも、ましてや萎縮することもなく熱心に仕事に打ち込む様はノヴァにも好感が持てたものであったが。

(体調管理の徹底くらい、幹部としてできて当たり前のことだろう。あいつはそんなこともできないのか)

幹部としての意識はそこにあるのか。と糾弾するような心情で一人憤りを感じてはいたものの、周りはフェリチータの身を案じて、憂い顔だった。

「……心配だな、早く治るといいが」

「お見舞いに行った方がいいでしょうか?」

「いや、……大勢で押しかけても逆に迷惑になるだろう。治るものも治らなくなる」

「……そうですよね」

わさわさ騒ぎ立てながらフェリチータの部屋がある方向を見つめる部下達は、このまま大勢で押しかけて行くのは、流石に気が引けるらしい。他のセリエがどうなっているのかはわからないが、その辺りの常識を汲み取ってくれたのは幸いであった。
他の者が倒れたところで特に気にかけることもないのに、フェリチータに関してはこの扱いは、どうにも腑に落ちない。
重い病であるなら、きっとここに立っている時点で、誰かが知らせに来るはずだ。けれど、それもない。どうせ、大したことのない風邪だろう。
大慌ての周囲を冷ややかに見つめたノヴァは、溜息一つついて、部下達に背を向けた。


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けれど、心配の欠片も持っていないノヴァを逆なでするように、あちらでもこちらでもフェリチータの体調不良を口にするものは多かった。
聖杯待機室で執務をしようとしたものの、ペンを握ったままなかなか進まない。その訳は、聖杯のコートカードにある。

「お嬢の具合はどうだろう」

「悪化しないといいのですが」

「滋養のある物はきっとマーサや他の方が用意していると思うが」

「誰かが代表して様子を見て来てくれれば、僕たちも安心するんだけどね」

「それは、本人次第でしょう」

「それもそうだな」

何やら揶揄するものがあるのか、先程から四人ともノヴァをじっと見つめたまま話をしている。これでは、気が散って仕事どころではない。
遠まわしに、フェリチータの様子を見てこい。と言っているのだろう。代表して出向くのも仕事だと。けれど、わざと仕向けられていると丸わかりであれば、相反して行きたくなくなってしまうのだ。
仕方なく執務を諦め、書斎へ本を読みに行けば、廊下の途中で何度もフェリチータの様子を話している者を見かけ、書斎でもセリエの者たちがひそひそとフェリチータの事を気にして居るのを耳にした。

(これじゃ、こっちの気が休まらない)

不満をこぼすこともなく、そのまま夕食まで読書に励んでいたものの、本番はこれからであった。


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夕食は定例通り、幹部達のみで摂ることになっている。
本日のメインディッシュは、レガーロ島近郊で捕れた、白身魚のムニエルであった。湯気の立つそれに、黙々とフォークを走らせ口に運ぶノヴァをよそに、他の幹部達はチラチラと空席であるフェリチータの席を気にしている。
ノヴァより三つ年上であるリベルタなどは、それが最も顕著であった。一口食べる度にフェリチータの席へ視線を走らせているのが否応なく視界に入り、ノヴァはそれを遮断しようと、なんの恨みもないムニエルを睨みつけた。
けれど、ノヴァの苛立ちなど知る由もなく、リベルタは自分の思いを口にする。

「お嬢大丈夫かなー」

その声で、ノヴァ以外の幹部の視線はリベルタに集まった。
やはり、皆フェリチータの事を気にしていたのであろう。リベルタの呟きに同意し、パーチェが何度も頷いている。

「なんかさー、オレが行ったとき、お嬢ってばスッゲー苦しそうなのに『大丈夫だよ』って微笑んでくれてさー。もう、それが天使みたいに可愛かったんだ。でもさ、あれも無理してんじゃないかって心配で」

「だよねー、おれもさ、お嬢が早く元気になるように、街でいーっぱいいろんな物買ってきたけど、お腹すいてないみたいだったから」

「へぇー、ちなみにオマエが持っていったモンってなんだったんだよォ?」

「え、ロステリアの焼きたてのパンに、焼き上げる前のピザでしょ、あとはもちろんラッザ」

「本当のバカがここにいるみたいだなァ」

「そのようですね。もっとも私は最始からわかってましたが」

「ちょっと、ちょっとヒドいんじゃないの、デビトもルカちゃんも。まだおれ話途中だって」

「いやもう十分だ。オマエのアホみたいな胃袋と、バンビーナの繊細な胃袋は違うって、少しは学習しろォ」

「そ、それはそうだけど。美味しいラッザーニアだし?お嬢も食べてくれるかと思って、お店の人に無理言ってテイクアウトを頼んだんだけど」

「はた迷惑な話だなァ、おい」

「全くもって同意です。お店の方には改めてあとで謝罪をいれてくださいね。ファミリーの評判に関わりますので」

リベルタの一言に始まり、フェリチータの病状の現状把握の情報交換の場となっていく。無言を通すノヴァは、顔を上げることなく食事に専念していた。せっかくの夕食が不味くなっていくような気がしてならなかったが、それを言葉に出すのも面倒であった。
そうこうしている内に、食卓は益々賑やかになっていく。

「ヒドいよ二人ともー!……ところでルカちゃーん?おれ、もう一回お嬢の様子見に行っちゃダメ?」

「あ、オレもオレも!お嬢のこと、心配で心配で」

「駄目です!!お見舞いは一人一回だって最初に決めましたでしょう。そうじゃなくても、騒々しい貴方たちのおしゃべりで、お嬢様はお疲れなんです。今日はもう、絶対にダメですからね!!」

「ブー、ルカちゃんのブー」

「ちょっとだけ。なぁルカ?一目顔を見るだけでも」

「どう言おうと駄目なものは駄目なんです!!お嬢様が早く完治するためにも、少しは我慢してください!!」

「ちぇ、……そういや、ノヴァはお嬢のお見舞い行ったのか?」

忘れていたと言わんばかりに話を振ったリベルタに、ノヴァは重い溜息をついた。

「……いや」

「そうかー、行ってないのか……って何でだよ!」

「さっきルカも言っていただろう。大勢で足を運んだところで、病人が早く良くなるとも限らない。もしかしたら、逆効果になるかもしれないだろ」

「そ、そりゃー……まぁ、そうだけど、でも」

「それに、僕は心配なんてしてないしな」

「なっ……、なんでだよ」

「屋敷中の者がいくら心配したところで、どうにかなるわけでもないだろう。それに、少々熱が高いとはいえ、別に命の危険があるわけでもない。変に騒ぎ立てるだけ時間の無駄だ」

「はぁっ……?!」

「すまないが、僕の食事は済んだ。これで失礼させてもらう」

「お、おい、ノヴァ!」

怒鳴り散らすようなリベルタの声が背に当たるが関係ない。

「まったく、うるさい奴だ……」

そう呟いてから、ノヴァは食堂をあとにした。


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聖杯待機室に書斎、そして食堂と、立ち寄る場所は全て心休まる場所とはほど遠かった。この分では、自室へ行ったところで、騒ぎ立てる周囲の騒音で気も休まることがないだろう。
そう思えば、考えるまでもなく、足は外へと出向いていた。
すっかり夜も更けた場所であっても、足が迷うことなく動くのは、通い慣れた道だからだ。特別な事がない限り、ノヴァは毎日ここへ出向く。

屋敷の敷地内にある庭。
マンマの庭を任されてから、草花を育てる事に興味を持ったノヴァは、自分の負担にならない範囲で庭の手入れをするようになった。
全ての庭に手をかけている訳ではなく、やはり幹部である身としては、仕事に支障をきたさない範囲の、手の内に入るようなほんの一部分。
マンマの庭という半分義務に近い感情で接するわけではない、それは確かにノヴァの趣味の一つとも言えた。

その『ノヴァの花壇』まで辿り着き、花壇を囲ったレンガへノヴァは腰を下ろした。僅かにそよぐ風が心地よい。空を仰げば今にも手が届きそうな満天の星空が、ノヴァを見下ろしていた。
そのままじっと星を眺め、時折身を任せるように瞼を下ろす。
ほんのかすかであるが、屋敷内のざわめきが風に乗って届く。けれど、それも風が徐々に勢いをつけていくと、木々のさざめきで消え去ってしまった。

ここに来て正解だった。
少々夜風が冷たいが、少なくてもここにいれば他者の声が聞こえず気が楽だ。しかし、他者の声が入らないからこそ、同時にノヴァは自分自身に疑問を浮かべる。

「僕はなんで、こんなにあいつのことを気にしてるんだ?」

気にしていないと思っていたのに、いつの間にかフェリチータの事が耳に入らないようにしようとしている。別に、気にしないなら、そのまま流してしまえばいいのだ。

(いや、……気にしてない。その……つもりだ。…………それとも)

ゆっくりと瞼を開けて、ノヴァは横を見た。
屋敷の中のある場所。窓の向こうは暗闇で覆われている。フェリチータの部屋であった。

(僕は、フェルのことを気にしていたのか?)

腑に落ちないけれど、それならそのような気がしてならない。
わからない。だが、そうしたら……。
視線を下げ、俯いて見た先には、ノヴァが育てた花たち。いつまでもそれを見つめたところで、答えなど出るはずもなかった。


釈然としない面持ちで戸を叩いたノヴァは、部屋の持ち主から返事がない事に躊躇しながらも、その扉を開けていく。
外から見たときは、暗闇に満ちていた部屋であったが、傍で見るとベッド近くではランプが灯されており、幾分部屋の中が見渡せるようになっていた。

「ホゥ?」

小さく鳴いたフクロータを見ると、なんだろう。と首をかしげている。
侵入者に警戒することがなかったのは、相手がノヴァだからか、それとも、気まぐれかはわからない。
足音の立たぬように足を運べば、寝台へ横たわるフェリチータが目に映った。蒸気した顔はやや歪められ、苦しさが物語っている。
熱が高いのだろうか。しっかりとかけられたシーツ、それにやや呼吸が苦しそうであった。
フェリチータが起きていないことに、なか場安堵したノヴァは、持ってきた物を置いてそのまま去ろうとしたが、それより早く、フェリチータの瞼が震えた。

起こしてしまっただろうか。人の気配を察知したのかもしれない。
ゆるり、ゆるりとそれは押し上げられ、エメラルドの瞳が現れる。潤んだ瞳が何度か瞬いた後、視線を泳がせてノヴァへ走っていく。

「…………ノヴァ?」

「悪い、起こしたな。……調子はどうだ」

「……うん、少し……よくなったかも」

「そうは見えないが?」

見たまんまを口にすると、フェリチータは押し黙ってしまう。ノヴァを心配させないよにと、嘘をついた事がわかった。

「何か欲しいか?食べ物なら、ルカあたりに頼みに行ってもいい」

「みずが……」

「わかった」

ノヴァは後ろを振り向く。ベッドのそばに置かれた小さなテーブルに、水差しとグラスが置いてあったはずだ。
それを手に取り、水をグラスへ注いでからベッドの際まで行くと、起き上がろうとするフェリチータを支えた。

「大丈夫か?」

「……うん」

グラスを口元まで持っていき、それをゆっくり傾けると、フェリチータがそのまま嚥下するまで見守る。水はみるみるうちになくなり、すぐに空になってしまった。

「もっと欲しいか?」

「ううん、いい」

首を緩く振るフェリチータは、そのままシーツの中に潜っていく。
寒くないようにきっちりシーツをかけるのを手伝い、再び眠りにつくかと思えば、その瞳は閉じることなく、ぱちりと開いたままであった。

「早く完治させるために、眠ったほうがいい」

「……でも、そしたらノヴァは行っちゃうでしょ?」

「……ああ、そうだな」

「もう少しだけ、いてもらってもいい?」

シーツに隠れた口元のせいか、フェリチータの声はくぐもっている。聞き取りづらいとベッドの縁に腰掛けたノヴァは、戸惑いを浮かべ、すぐに返事ができなかった。

「だめ?」

「……はぁ、まぁ、いい。どうせ何かやったところで、今日は気が散って手につかないだろう」

「え?」

「いや、こっちの話だ」

ゆるく首を振ってフェリチータを見下ろしたものの、不可解なことを口にしたノヴァを不思議がるようにフェリチータはじっとノヴァを見つめていた。
何かを見透かされそうだと、ノヴァは目をそらすと、フェリチータの視線を遮るように、背を向けて座り直した。

「そういえば、いつからなんだ。具合が悪くなったのは」

「え?……えっと、昨日の夜あたりかも。昼間の巡回中に噴水で遊んでいる子達がため池に落ちそうになってたのを助けたんだけど」

「代わりに自分が落ちたって訳か」

「……うん」

皆まで言う前に想像できたことを口にすれば、案の定、それを肯定する返事が返ってきた。

「はぁ……そういうことか」

「ごめん」

「なぜ謝る?」

「だって……みんなに迷惑かけてるし」

「そう思うなら、早く休めばいい。ここにいる者は迷惑と思ってないし、お前のことを心配してばかりだからな」

自分の体調管理に問題があったなら、少し小言を言ったかもしれないが、街の者を助けたというのが原因であるなら、自分がとやかく言うことではない。
確かに、どこかしらで落ち度があったのだろうが、それでもフェリチータには剣の部下も、そして従者のルカもいる。それが最善の結果だったのだろう。

「……うん」

「……やっぱり、長居する前に僕はもう行く」

しばらくいてほしい。と先ほど心細そうにしていたフェリチータは、それを聞いて再び寂しそうな顔をした。

「そんな顔するな」

「だって」

腰を上げたノヴァが、ふとテーブルに置いておいた物を思い出す。
一輪の白い花。夜でも花弁の閉じないその花は、自分が育てた花壇から持ってきたものだった。ないよりはいいかと思って持ってきた、見舞いの品だ。
水につけているわけでもないのだから、きっとそんなには保たない。けれど、フェリチータの寂しさを少しでも紛らわす事が出来たなら、それはそれでいいのかもしれない。

「……なら、これを僕の代わりに」

「え?……わぁ、綺麗。これ、ノヴァの花壇の?」

「まぁ、そうだが。よくわかったな」

「だって、ノヴァ……いつもすごく丁寧に育ててるから」

力なげに笑うフェリチータに、ノヴァはゆるりと頬が暑くなっていくのを感じた。
どうしてこいつはこんなにも素直なのだろうと、思ってやまない。
自分にはないその素直さが、少し眩しかった。

「ありがとう、ノヴァ」

「……あぁ。じゃあ……おやすみ」

「うん……おやすみなさい、ノヴァ」

一度振り返ると、ノヴァを見つめたままのフェリチータに、再びノヴァは戸惑いを感じた。見つめられた背中さえ、焦れたように熱くなり、そそくさと部屋を出てきてしまった。まるで、なにかから逃げるように。

釈然としない面持ちのまま、もう自室へとこもってしまおうかと思うものの、高ぶった感情が邪魔をして、どうも落ち着かない。
このままでは執務や読書に手をつけることも、まして、眠ることもできないかもしれない。
そう考えれば、心を落ち着けるたびに、自然と足は外へと向かっていく。
――胸に潜む甘やかな感情には、今はまだ気づかないままだ。


後日、すっかり熱も下がったフェリチータが「見て、ノヴァ」と嬉しそうに一冊の本を見せてきた。その一番最初のページを見て、ノヴァの顔はトマトのように真っ赤に染まっていった。
あの時、ノヴァが持ってきた一輪の花。それは、本に挟まれ『押し花』となっており、フェリチータの大切な宝物になっているらしい。





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