哀想/other | ナノ


大学の卒業を目前に、私は不安な日々を送っていた。日本中どこへ行っても不況の中、なんとか天体に関わる仕事につくことが出来た事は、本当に運が良かったとしか言いようがない。
プラネタリウムの受付。
周りの人はもっと違うものになれたのに。そう、少しばかり残念そうに口を開いていたけど、数ある求人票から一際目を惹いたそれに、私の心は決まっていた。


都会にいる人は、街の灯りで星がほとんど見えない。それじゃなくても、星月学園のように満天の星空を見るには、かなりの山奥に行く必要がある。
そんな人達が一番手軽に星が見れるのが、きっとプラネタリウム。人々にひと時の安らぎを提供出来る場所へ、私の未来を託せたら。その強い想いは実を結び、自分でも驚くくらいに、とんとん拍子で内定は決まっていた。
卒論も出し終えた今、後は残り少ない大学生活を楽しむだけ。

それなのに……、私の心は晴れない。
これでいいはずなのに、どこかしっくりいっていないちぐはぐの気持ちは、不安の現れなのかもしれない。

それと、毎日会っていた友人達とお別れしないといけないことが、寂しくてしかたないのかもしれない。
永遠の別れじゃないし、会おうと思えばすぐ会える。でも、距離や頻会う度じゃなくて、心の問題。成人はとおにしてるのに、私はまだ大人になりきれてなかった。





夕暮れ時の帰り道、ぼんやりと歩いていると、突然、両肩をポンと叩かれた。今日は真琴や錫也とは別行動を取っていたから、まさか知り合いが傍にいるとは思わず、私は小さく悲鳴をあげてしまった。

「きゃっ」

「やーひさ」

「途中まで一緒に帰ろーぜ」

そうして声がしたのは、二人の男の子の声。私を挟んで両隣に姿を現したのは、梨本君と粟田君だった。
突然現れたことに驚きすぎて、私は何度も目を瞬かせる。声を出そうにも、とっさに出てこなくて、口を金魚みたいにパクパクしてしまう。

「夜久?」

「何?さっきのでそんなに驚いた?」

「え、マジで?!」

聞かれたことに、素直に頷いた私に、二人はしたり顔で、また私の肩を数度叩く。

「もっと強靭な心臓持ってないと、おばあちゃんまで生きられないぞ」

「そうそう。直ちゃんくらいまで鍛えられれば、多分余裕で百歳以上生きられる」

「確かに!」
うまい!と互いを誉める漫才のようなやりとりに、わたしも笑みを浮かべた。

「ってかさ、そういえばこうやって三人で顔合わせんの久々じゃねー?」

「まーな、なんだかんだ言って忙しかったしな」

「ふふ、……確か三日くらい前もそれ聞いたよ」

「「そうだったか?」」

わざと言ってるって分かってるけど、それが面白くて、顔を見合わせてから、今度は三人でお腹を抱えるほど笑った。




多分、こうして三人で歩いて帰ることだって、本当に数える程しかないかもしれない。二人に彼女が出来たら、簡単には会うことだって叶わないだろうし、二人だって私とは違う道がある。

「ねー、二人とも」

「ん?」

「どしたー?」

「来年も、再来年も……こうしてね、例えば仕事の帰りとかに会って、皆で帰れたらいいね」

何気なく言おとした、私のほんの少し願い。それは、声に出したら少しだけ揺れてしまった。
今のは特別な意味じゃないよって分かって貰おうと、二人に笑いかけようとしたのに、二人は笑顔を徐々にほどいていき、やがて、私にまっすぐな眼差しを向けた。自分の予想とは全然違う表情に、私は急に焦り出す。

「あ、あのね、そんな深い意味じゃ」

「バッカ、夜久。そんなん……俺らとお前の仲なら当たり前じゃん」
「てか、お前は卒業したら、俺らと縁切れると思ってんの?」

心外だって拗ねる二人に、私は慌てて首を振る。

「ち、違うの」

「仮にお前に彼氏が出来たとしても、俺らの夜久をそう簡単に明け渡す訳にはいかねーよ」

「そうそ、だからさ……来年だって再来年だって、こうして三人で会えるし、青春みたいに夕陽の下で仲良く帰れるだろ」

「だな」

何でもない事みたいに言ってくれたその言葉が嬉しくて、私は頷く。ツンと鼻の奥が痛くなるような感覚を覚えてから、溢れてくる涙。そのせいで、道路は雨に濡れた時みたいにキラキラ光ってて、夕陽がすごく眩しく感じる。

「っ……うん!」

嬉しすぎる言葉に泣き出した私に、二人はそっと笑って、私の手を片方ずつさらっていく。それは、二人の片手に繋がれて、二人は立ち止まりそうな私の歩みを引いて導く。

「俺達、仲良し三人組だからな」

「だな。未だに手ーつないで歩ってるくらいに」

「……うん!」

まるで童心に返ったみたいに、繋いだ手は離れずに振り子のように揺れる。
その影は長細くて、驚く程長くて、またそれを見て笑っていると、いつの間にか涙は乾いてなくなっていた。



きっとこの手が離れても、私は二人の今日の優しさと心の繋がりが本物だと、これからも思うだろう。

オレンジ色の空に現れた、一番星の金星を見上げながら、私は二人の手を握り返した。







夕陽に揺れる影
2012.01.30
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