送られてきた荷物をまたぎながら現れたのは、昴さんだった。
朝食の時に昴さんは、バスケの練習をしに大学まで行くと言っていたはず。
昴さんは帰宅してまっすぐここに来たのか、身に着けている服は今朝見た服装。スポーツをしているからか昴さんは、今日も他のキョーダイより薄着だったから、なんとなく頭に残っていた。
そしてそんな昴さんは、わたしと風斗くんを見るや否や、大きく目を見開いて驚きを露わにしていた。
「おい……何やってんだよ風斗!」
一呼吸置いて昴さんもどんな状況か気づいたのか、風斗くんを睨みつけて声を張り上げた。
「なにって……、この状況を見てもわからないわけ? ……まー、脳筋だしね。それより、イイところだったんだけど。ジャマしないでくれない?」
「なっ……! 邪魔って……! 絵麻が嫌がってるだろ」
わたしを抱きしめたまま、風斗くんは昴さんへ目を向けている。時折わたしに目配せをして、再び昴さんを見つめる顔は嘲を含んだ笑み。しかも、それをわざと見せつけ、挑発しているようにも見えるし、逆に苛立ちを半分程抑え込み何かに耐えているようにも見えた。
「ったく、どいつもこいつも……」
風斗くんは掻き消えそうな声で呟いた。聞こえなかったと思われる昴さんは、それに口を挟むことなくこちらへ近寄ってくる。
昴さんの目は、明らかに怒りがこもっていた。
掴もうとした肩を寸でのところで風斗くんは避けていき、ぐいとわたしの手首を掴んでそのまま昴さんの方へ突き飛ばした。
「きゃっ」
「おわっ!」
思いがけない力で昴さんへとぶつかったが、思ったよりも痛くなかったのは、昴さんがしっかりと抱きとめてくれたから。
いつもバスケットボールを持つあの大きな掌がわたしの肩に回り、ぎゅっと抱きしめられた。
「あぶなっ……おい、風斗!」
「あーあ、興醒めなんだけど。 僕、もう行くから。あとは二人でごっこ遊びでもしていれば? ねー、お・う・じ・さ・ま?」
オモチャに飽きた子供のように、風斗くんは冷めた視線をわたしと昴さんへ投げたあと、すいすいとわたし達の横を通り抜けそのままリビングを去ってしまった。
夕立ちの時とはちがう意味での嵐が去り、呆然としているわたしだったけど、昴さんの腕の中にいたことを急に思い出し、恥ずかしさに身をよじった。
「あ、あの……」
「う、うわぁああ! すまない……い、今どくっ……うお」
慌てて体を離した昴さんは飛び去るように後退したものの、届いていた荷物に足を引っ掛け、お尻から後ろへ倒れていた。
「す、昴さん! 大丈夫ですか?!」
スポーツをする大事な体を捻って怪我でもしたら大変。わたしは駆け寄ろうとしたけど、その前に昴さんが片手で制した。
「だ、大丈夫だ……。なんともないから……」
小さくため息をつきながら、昴さんは立ち上がったけれど、やっぱり心配なのは変わりない。今は良くても、少し時間を置いたら痛み出すこともあるから。
「あの……ありがとうございました」
「あ、ああ。……その……お前こそ平気か? 風斗に……なんかされなかったか?」
「え……えっと」
わたしは言い返すことも出来ず口ごもってしまう。これでは、何かあったと言っているようなものだ。そのせいで、昴さんの顔が一気に曇ってしまった。
「えっと……違うんです。ちょっと風斗くんの悪ふざけに引っかかっちゃっただけなんで」
「…………」
「わたしが頼りないからすぐからかわれちゃうだけで。……昴さんのおかげで助かりました」
苦しい良い訳かもしれないけど、なんでもないとわたしは言い切ってしまう。
でも、やっぱり昴さんはそれを信じてないみたいで、表情はそのままだった。
(わたしがもっとちゃんとしなきゃいけなかったのに。……どうしよう。昴さんまで巻き込んで)
視線に耐え切れず俯くと、しばらくして昴さんが口を開いた。
「……俺じゃ、その……頼りに」
『梓ー、痛いってばー』
『椿がふざけるのが悪いんでしょ』
何かを言いかけた昴さんを遮るように、お風呂場から椿さんの叫び声と梓さんの怒った声が聞こえた。
弾かれたように顔を上げたわたしは、同じように我に返ったような昴さんと見つめ合った。
何かを言わないと。焦りから思わず時計を見たわたしは、ふと思いついたことを口にした。
「あ、あの夕食の準備をするんで」
「そ……そうだよな。もうこんな時間だもんな」
「夕食、七時くらいでできますから」
「そっか。わかった……。それなら……シャワー……そう、シャワー浴びてくる」
「わかりました」
少し慌てた様子でリビングを去った昴さんを見送り、わたしは夕食の準備に取り掛かった。
下ごしらえをしている内に、右京さんが帰ってきて、リビングに置かれた無数の箱を見てご満悦のようだった。
そして、数あるご当地グルメの中から、ほんの少しだけ『北海道』のグルメを取り出し、それも下ごしらえをする。
もともと今日は鍋にしようとしていて、エビや鮭を買ってきてはいたけど、そこに貝類と蟹も混ぜることにした。
大所帯の朝日奈家は、二つの土鍋を用意してまかなっている。二つ分の料理をそろえ、テーブルへミニコンロを並べ野菜、そして魚介類を煮込んだ。
おいしそうな匂いにつられるように続々と集まるキョーダイ達。
(『19:05』か……少し過ぎちゃったな)
色々あったせいか少し時間がかかっちゃったけど、それを気にすることもなくテーブルに着いたキョーダイ達は、鍋の中に沢山入った具材を見て目を輝かせている。
「では、どうぞ」
箸や飲み物を配り終え、右京さんが食べていいと促す。すると、皆一斉に箸を取り、奪い合うように具材が減っていく。
賑やかで、楽しいキョーダイ。
その様子に笑みを零しながら、わたしも箸を取り、楽しそうな『輪』の中へ入っていった。
痛いほどの抱擁
2014.03.23
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