眠りの淵が浅くなり、ふいに目が覚めた。携帯の画面を点けて、明るいそれに目を顰めながら確認すると表れたのは『02:11』。
ゲーム攻略に向けて時間を費やしていたから、眠りについたのがいつもより遅かったのは覚えていた。だけど、目が覚めた時間は起きた時間からあまり経っていない。
「喉……かわいたな」
起きてしまった理由が、喉のかわきによるもの。暗闇の中で、常備しているはずのペットボトルに手を伸ばしてみたけど、わたしの手はなにも掴むこともなく空を切った。
「あれ……終わっちゃったんだっけ?」
すやすやと眠りについているジュリを起こさないように、そっとベッドから降りた。やっぱり当たり前だけど眠い。本当は起き上がりたくないけど、小さくため息をついてからわたしは外へと出た。
廊下は日中とは違い、少し肌寒いくらい。中途半端な時間に起きたから、瞼が重い。眠気を散らすように何度か瞬きを繰り返した。
エレベーターを使い五階のリビングに入ると、こんな時間だというのにまだ照明が灯されていた。
(誰がいるんだろ?)
広いリビングを見回してみたけど、誰の姿もない。照明の消し忘れかと思いながらも、キッチンへと向かうと、冷蔵庫が開く音がした。そちらに目を向けると、パジャマ姿の右京さんが目に入った。
「朝食の仕込みをしてるんですか?」
「……!」
いきなり声をかけたせいか、右京さんは一瞬びくりと体を震わせる。それでも、すぐにわたしを確認すると、右京さんは柔らかく微笑んだ。
「……ああ、あなたでしたか?」
「驚かせちゃいましたか?」
「……いえ、少し考え事をしていたせいで。お気になさらず。あなたはこんな時間にどうしたんですか?」
「あ……はい。喉がかわいて」
いつも置いてある場所から水の入ったペットボトルを一つ手に取ると、右京さんが納得したらしく頷いた。
「右京さんは何をしてたんですか?」
「ああ……私も喉が渇いたので」
そう言った右京さんが手にしているのは、麦茶だった。買い置きのパックを冷蔵庫から取り出した右京さんは、それをグラスに注いだ。
「それで……朝食の仕込みをしているか……でしたね。少しだけ正解です」
「え、少し……ですか?」
「……ええ、先ほどまで仕事をしていたので。どうしても、明日必要な書類をようやく終えたところで、寝ようかと思っていましたら、そういえば朝食の仕込みが途中だったのを思い出しまして」
「そうですか。……大変ですね」
「いいえ、もう慣れたものです。忙しいときは休む暇なんてないくらいですからね」
実際には、仕事でも多忙なのに、家のことまでしている右京さんは相当負担が大きいと思う。
パパと二人で暮らしてた時だって、最低限だとしてもそれなりに食事や洗濯などの家事には時間を取られていたから。
わたしはグラスに口を着けている右京さんへ尋ねた。
「もう仕込みは終わっちゃいました?」
「……いえ、これからですが。……もしかして、手伝ってくださるんですか?」
「はい、やらせてもらってもいいですか?」
「そうですか。……夜も遅いですし本当は今すぐにでも部屋に戻って休んでほしいところですが。……調味料を入れるだけなのでお願いします」
「はい」
エプロンを着けて手を洗ったわたしの前に、鶏肉の入ったボウルが置かれた。
本当はこんなことをしなくても、右京さんならすぐに下ごしらえは済んだはず。それでもこうしてわたしに回してくれたのは、わたしの無理を通してくれただけで。
その証拠に、右京さんはわたしが調味料を入れていく様子を後ろから見ていた。
「あなたが使う味付けは、弟たちも好きみたいですし。私も覚えていて損はないと思いまして」
右京さんの方が料理できるから、そんなことないと思うけど。分量は計量スプーンを使っているとはいえ、目分量のところもある。
だから、ちゃんとこの分量というのは、わたしも伝えづらい。
「えっと、……でも、携帯で料理サイトを参考にしてることが多いですし」
「それでもこれだけの人数がいれば、分量が難しくなってくるでしょう?」
「そうですね。……でも、いつも作っているものなら慣れましたし」
「なるほど……やはり、回数をこなさないとですね」
何かを決意したように言った右京さんにわたしは首を傾げた。
その頃には、もう出来上がったタレを鶏肉になじませている頃で。結果的にはすぐに終わってしまった。
「これであとは朝まで寝かせれば大丈夫だと思います」
ボウルにラップをかけて冷蔵庫に入れ終えてから、わたしはエプロンを外した。
「ありがとうございます。助かりました」
「いえ……大したことしてませんし、むしろこれだけですみません」
「弟たちもあなたを見倣って料理を作ってくれるようならいいんですが。兄弟でまともに料理ができるのは数える程しかいませんし、作ろうと思っている者なんて皆無に等しいですから、あなたが手伝ってくださっていつも助かっているんですよ」
首を振ったわたしに、右京さんはそっと微笑んだ。
右京さんからしたら全然大変じゃないから、こうして褒められることが正しいのかはわからない。
けど、こうして褒められたことはすごく嬉しくて。くすぐったいような心が温かくなるような気持ちになって、わたしも笑みを浮かべた。
「さあ、もうこれで大丈夫ですから、あなたも戻って休んでください。これ以上起きていると、朝起きれなくなってしまいますので」
「はい、おやすみなさい、右京さん」
「ええ、おやすみなさい」
お互いに微笑みながら、わたしはリビングを後にした。
自室のベッドに入ると、ゆっくりと眠気が降りてくる。持って帰ってきたペットボトルの水を口に含んだ後、すやすやと気持ちよく眠るジュリをそっと撫でながら、わたしは瞼を下した。
朝は早く起きて、右京さんの負担が少しでも減るように、料理の手伝いをしないと。
決意に念を押すように、心のなかで繰り返す。
そうしている内に、いつの間にかわたしは眠りについていた。
たぶん、大したことじゃない
2013.08.10
(瞬きよりも速く)
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