哀想/100sss | ナノ


(『いただきます』と『ごちそうさま』がきちんと言える若者が減少傾向にあると言いますが、近年の若者を見ていると将来が不安で仕方ありません……。食育をしていくはずの親たちにまず問題があるのでしょうが)


小さく零した愚痴は幸いというよりかは残念なことに、彼以外のキョーダイに伝わることがなかった。
目と鼻の先にいる、そのキョーダイ達は、そんな小言を鼓膜の時点でシャットアウトしてしまっているようで、今は右京が作った朝食に夢中だ。
ガツガツと口の中に詰め込み、絶対に味などわかっていないような者もいたり、話に夢中で全然手を付けなかったりと様々だ。

(仕方ない弟たちですね……)

小学生は末弟の弥しか居ないはずだが、ある意味では大多数が問題児であり、右京からしたら今も手の掛かる子供でしかない。

あわただしい食卓は、数十分後には静かになり、人数もまばらになってきた。
落ち着いたら自分は食べようと、右京は先に弟たちが食べたあとの食器を洗っていたが、しばらくすると、朝食を食べ終えた絵麻が食器を手にやってきた。
「ごちそうさまでした、右京さん」

「いえ、お粗末さまでした。そちらに食器は置いといてください」

「はい」

目線だけで、絵麻は理解をしてくれたようで、シンクの隅に絵麻の分の皿が積み重なった。
右京はそのまま、他のキョーダイたちの食器を洗っていたが、ふと視線を横に走らせると、既に学校へ行く準備でそばを離れていると思われていた絵麻が、物言いたげな眼差しを向けていた。

右京は流しっぱなしの水を止め、絵麻に向き直った。

「どうかしましたか?」

「い、いえ……その」

言いよどむその顔に、右京は何故か昔付き合っていた女性――礼子を思い出した。
顔全体のパーツが似ている。それは、礼子を知るキョーダイたちからすると、ソックリと言うくらい似ているだろう。現に、右京も初対面で驚いた。

赤の他人で、こんなに似ている人間に会うなんて。

けれど、似ているのは顔だけに過ぎない。後は性格も、作る表情も、言動とて正反対だ。
礼子は、絵麻のように罪悪感にかられたような表情や、心配をしているような表情はしたことなかったように思える。
だから、何故今のタイミングで礼子を思い出したのか、右京にもわからなかった。

「あの……受験ももう終わったのに、わたし……あまりお手伝いできなくてすみません」

(何かと思えば……)

幾分暗い表情の訳を思いあたると、右京は表情を和らげた。

「そのことをずっと、気に病んでたんですか?」

「……え」

「ここ最近、食事をしている時や、私を目にした時、なにか言いたそうにしていたので」

「あ、…………はい」

「私は自分で進んでやっているにすぎません。料理も掃除も洗濯も、ずっと一人でやってきたことなんで、本当に苦には思っていないんです」

「……でも」

「それに、あなたも新しい生活についていくので、今は精一杯でしょう?家事をする時間を使うなら、その分勉強時間や睡眠時間に費やしてください」

「……はい」

そう言い切った右京に、絵麻は全てを納得していないようだ。覇気の返事に、彼女の戸惑いが混じっていた。

「もし頼めるんでしたら、以前のように私が仕事の目処がつかないとき時だけ、いろいろ頼んでしまうこともあるかもしれません。その時は、絵麻さんにお任せしてもよろしいでしょうか?」

「はい、……はい!やらせてください」

いつでもこの家のことを考えてくれる絵麻に対しての少しの譲歩に、絵麻はようやく笑みを浮かべてくれた。
心からホッとしたと感じるような、優しい笑顔。
――ほら、こんなにも違う。

今でも礼子を最高の女性だと思う節が、自分にはある。
それだけ入れ込んだし、実際魅力的なのは確かなのだから。

家族にその想いが知られれば、呆れ顔をされるであろうし、四男の光辺りは盛大にからかってくるだろう。

「そろそろ、家を出る時間ではないですか?」

ふと、リビングの時計に目を向けると絵麻がいつも出かける時間が迫ってきていた。
電車通学の絵麻は、決まった時間で行動しなければいけないだろう。時間を押して行動させた後、何かあってもいけないと、右京は絵麻の目を『外』へ向けさせた。

「ホントですね。……それじゃ、いってきます」

「ええ、気を付けていってらっしゃい」

「はい」

いつもより少しだけせわしない足取りで、絵麻はリビングから出て行った。
しばらくそこを見つめていたが、手にしたスポンジの存在を思い出し、右京はまた水を出して、食器を洗い始めた。

じんわりと染め上げる温かさが胸を占めていく。

絵麻は礼子とは違うが、大事な『家族』である。妹を持った感情は胸にいつも温かで、とても心地よかった。

そうしている内に、家族愛との境が曖昧になっていくのに、右京はまだ気がつかない。
手遅れになった時は、絵麻のことしか見えなくなることも、今の右京にはまだわかっていなかった。
染め上げる温かさに、ただ口元を緩めて、優しく、そしてどこか不器用な妹のことを、しばらくの間考えていた。




まだ気づけないでいるその色
2012.12.07
(エナメル)
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