からっぽのティーカップ犬飼 | ナノ
青空が友人だとその女学生を連れてきたのは、ちょうど一か月前。ここは昼はパーラー、夜はカフェとしてやっている店だ。俺はここで給仕とし働いてる。青空は、ここのピアニストとして知り合った。最初は壁があったものの、今では親友の一人だと思ってる。

「いかがいたしますか?」
「あ、じゃあ紅茶をお願いします。」

そう言ってふわりと笑った顔が印象的だった。見た目は令嬢そのものなのに、その顔が少し幼く見える笑い方だった。
彼女はパーラーに来ているのに、ほかの女学生やご婦人方のように甘味を楽しむこともなく、いつも紅茶だけを頼んで青空の演奏に聞き入っていた。これは最近になって気づいたが、彼女がいるときの青空の演奏は、格段にすばらしいものになる。きっと彼女は青空にとって大切な人なんだと悟った。

「ごちそうさま。」

そして一杯だけ飲んで、彼女は帰ってしまう。
後から聞くと、どうもお迎えの車が来るらしい。さすがお嬢様校の女学生。俺たち一般人とは、やっぱり違う。

何をするでもない。ただ青空のピアノを聞いて、眩しげにその姿を見つめ、少しだけ引く仕草を真似て、ため息をつく。そこにあるのは、嫉妬でも恋慕でもない。青空の演奏に対する羨望と尊敬のまなざし。その瞳は、ただただ綺麗だと思った。

そしてまた、今日も彼女は一杯の紅茶を飲んで席を立つ。

「ごちそうさま。」

「…あの!」

なんで声をかけたのか。そんなことわからなかった。
ただ彼女のことを、もっと知りたいと思った。

「…紅茶おいしかったです。青空さんによろしくお伝えください。」

そう優雅にほほ笑んだ彼女に、恋をしているのだと気付くのに、そう時間はかからなかった。


からっぽのティーカップ