マドンナの誘惑;utpr | ナノ


「春歌」

いつもは“ハルちゃん”と呼ぶのに、二人きりになるといつもより低い声で、私を呼ぶ。それだけで私はノーの言うことが出来なくなってしまう。それを知っていて、わざと使い分けるのだから、この人は本当にずるい。


「…林檎さんは、ズルイです。」
「そうだね、ズルイかもね。」

くすくす笑う声が、肌にあたってくすぐったい。
身を捩ろうとしたが、彼に後ろから抱きしめられていて動けない。“逃げちゃだめ”と耳元で囁かれ、心臓がうるさい。

きっと私の状況が分かったのだろう。彼が嬉しそうに、“ドキドキしてるね”と言った。


「もっと、ドキドキさせちゃおうかな。」
「へ、…え?」

私の腰に腕をまわしたまま、後ろへと倒れた。仰向けになった彼の上に、私が乗っている体制になってしまう。まるで…

「まるで、ハルちゃんに押し倒されたみたい。」
「!!」
「たまには、こういうのも悪くないよね。」
「り、林檎さん!」

慌てて上半身を起こすと、彼の指が私の頬をなぞる。

「ねぇ、春歌?」

またその呼び方、楽しそうな声。

「キスしたいな。してよ。」

「…やっぱり、林檎さんはズルイ。」

マドンナの誘惑