隣とは言わないから07パロ | ナノ
最近、月子お嬢様の食欲がないらしい。

メイドたちが下げてくる皿には、殆ど手のつけられていない料理が残っている。もうこの状況が3日も続いている。自分は月子の好きなものを熟知しているし、今日の料理だって、良い出来だった。(味にだって自信があった。)

「東月、ちょっと。」

どうしたものか、と思案していると執事長の金久保さんに呼ばれた。彼は凄く頼りになるお兄さんみたいな人、と月子が言っていた。それを聞いて、幼かった俺と哉太は、少し妬いたのを覚えている。今は頼りになる上司、というところだろうか。

あの頃はまだ俺も哉太もお嬢様を、“月子”と呼んでいて3人いつも一緒に遊んでいた。俺の母親と哉太の母親が月子の母親と知りあいで、昔はよく親に付いて夜久家に遊びに来ていた。月子の母親は身分なんて気にせず、良くしてくれたし、ただただ3人でいる事が楽しかった。

その関係は、長くは続かなかったけれど。

「何かありましたか?」
「…うん。お嬢様の事だけれど。」
「最近、あまりお召し上がりになられていないようですね。色々手は尽くしているのですが。」
「このままだと、身体に差し支えるかもしれない。いつでも食べれるように、何か軽食を用意しておいてくれるかな。」
「分かりました。お嬢様から何か要望があったら、いつでも言って下さい。」
「うん。よろしくね。」

(…こういう時は、アレを作るか。)

実は月子の元気がなく、食欲不振になったのはこれが初めてではない。悩み事があると、何も手に付かず食欲も起きなくなるらしい。例えば、今は屋敷にいない両親の事、女学校の事、そして…婚約者の事。今回はたぶん、一番最後の事だろう。

外を見ると綺麗な星空が見えた。こんな夜はきっと、あそこにいるだろう。さっき作ったものを持って、外を出た。



「…お嬢様。」
「あ、…錫也。」
「あんまり食べていないだろ。ほら。」
「…わぁ、錫也のおにぎり。」

「金久保さん、心配してたぞ。…それなら食べれるだろ?」
「うん。…ありがとう、錫也。」

一番初めは、両親と月子が離れて暮らし始めたとき。
今回みたいに月子はあまり食べなくて、使用人の人たちは困り果てていた。その時に、俺は不格好なおにぎりを作って、哉太と月子を誘って庭でピクニックをした。おかずはない。ただのおにぎりだけだ。
“…おいしい。錫也のおにぎり、おいしいね。”
そう言ってやっと笑顔になった月子が忘れられなかった。もっと美味しいものを、そう思っているうちに、腕は上がり専属シェフにまでなったのだ。

それからいつも、こういう時は“おにぎり”。

「…やっぱり、錫也のおにぎりが一番おいしい。」
「はは、それはどーも。」
「もし、嫁いでしまったら、もう食べられないのね。」
「…何なら付いて行きましょう、か?嫁入り道具として。」
「ふふふ。それいいわね。」

冗談だと思って月子は笑うけれど、本当に連れて行ってはくれないだろうか。
月子のために上げた腕だ。貴方がいなくなったら、誰に作ればいいんだ。他の人を喜ばせる料理なんて、俺には意味がないのに。


「ありがとう、ごちそうさま。…少し元気になった。」
「いいえ。明日からはおにぎり以外の料理も食べてくださいよ?」
「ふふ、はい。残したら、作った錫也に悪いものね。」
「そうですよ。」

気持ちを伝える事の出来ない俺には、貴方に料理を作ることしか出来ないのだから。