君が呼ぶ、僕の名01パロ | ナノ
とある女学院の才女。夜久家御令嬢、月子様。
そのお屋敷に下宿している留学生、土萌羊殿。
これはそんな、2人のお話。



“初めまして、僕の名前はアンリ。アンリ・サミュエル・ジャンエーメ。”
“はじめまして。…えっとぉ。”
“日本の名前は、土萌羊。『ひつじ』って書いて『よう』。”
“じゃあ、『ひつじくん』ね!”


それはずいぶん昔の話。
父の仕事で訪れた日本。そこで出会った1人の少女。異国を思わせる、この赤い目と髪を“綺麗”といった少女。未だ日本は鎖国の名残か、異国の民を良しとしない。それでも僕は彼女にもう一度会うために、日本への留学を決意した。たった数カ月の滞在。あの日の彼女が忘れられなくて、頼み込んで下宿させてもらったのだ。


“これから数カ月こちらで、お世話になり…”
“ふふ。『ひつじくん』だよね?そんなに畏まらなくて良いよ。”
“…覚えていらっしゃるのですか?”
“もちろん。その素敵な瞳と髪を忘れるわけないでしょ。”

覚えていてくれていると思わなかった。
少し大人になって、美人になった君が、『ひつじくん』とあの頃のように笑いかけた。胸が高鳴った。僕が恋い焦がれた彼女は、まったく変わっていなかったのだ。


「あら、羊君。」
町で歩いていると、声をかけられた。
振り返ると彼女がご学友一緒にいらした。どうやら女学校の帰りのようだ。
“ごきげんよう。”と手を振り、彼女は僕の元へと駆けてきた。
「お嬢さん、今帰りですか?」
「ええ。…羊君、“お嬢さん”じゃなくて。」
「分かってるよ、月子さん。」
「ふふ。一緒に帰ろう、羊君。」

2人の時は、下の名前で、敬語は禁止。
それが彼女の決めたルールだった。どうやら“お嬢さん”と呼ばれるのが嫌いらしい。
彼女はこの時代に珍しく、身分・出身・国籍等、まったく興味がない。わけ隔てなく平等に接する。そんな所も彼女の素敵な所だ。

「今日お迎えは?」
「“いらない”って言ったの。不知火は迎えに行くって訊かなかったけど。」
「ああ、不知火さん置いてきたんだね。」
「でも、そのお陰で羊君と歩いて帰れるわ。」

深い意味はない、そんなの分かってる。
でも彼女は、僕に嬉しい事ばかり言う。本当は僕の気持ちを知っているのではないだろうか。

夕日に照らされて、2人歩く帰り道。
彼女の手に触れたくて、手を伸ばす。けれど、その寸前で踏みとどまった。
「どうしたの?羊君。」
「ううん、何でもないよ。」


君は、僕の初恋の人。
そして、身分の違うお屋敷のお嬢さん。

“羊君”と微笑んで君が呼ぶ。それが胸を締め付ける。
君に恋をしていると、自覚させられる。例え叶わぬ恋と知っていても。


君に、許婚がいたとしても。