03.いつものように笑えなかった

まるで深い海の底から、浮上していくような感覚。
何だか瞼が重くて、いつものように開けようとしたけれど、思いのほか動作がゆっくりになった。

目に飛び込んできたのは、真っ白な天井と泣き出しそうなトモちゃんの顔。

「春歌ぁー!」
そう飛びつかれたあと、すぐに音也君たちと先生方が見えた。
起き上がろうとベットに両手をつこうとしたが、左手が動かない。誰かが強く握っていた。

「春歌、春歌っ。大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。」
まだ、頭が痛むが咄嗟に答えてしまった。ほっと一息ついたようで、“心配したんですよ”と左手を握る力が弱まった。周りにいる皆さんも口々に、そう言った。


「丸2日間も寝てたんだよ!皆心配したんだからっ。」
「ご、ごめんね。トモちゃん。…皆さんもご心配おかけしました。」

身体を起こして、皆さんの顔を見る。
どこか違和感を感じた。
(…なんでだろう。どこか、違う気が…。)

それまで手を握っていた彼が、背中を支えてくれた。
「春歌、あまり無理をしない方が良い。」


「…一ノ瀬さんも、ありがとうございます。」

彼の方を向いて言うと、眉間に皺が寄り何とも言えない顔をしていた。
「…春歌、今なんて?」
「…一ノ瀬さん?」


「どうして、名前で呼んではくれないんですか?」
未だに握られていた手が、また強く握られた。その手には、光る何かが見える。

「…これ、どうしたんでしょう?」

こんな指輪、していた覚えがない。

「え、何言ってんの。それ結婚指輪じゃない。」
「…どうして私が?」


まるで海水を含んだ服が身体にまとわりついている様に重い。
居心地の悪さ、そして違和感。

まるで、皆さんが成長したように大人っぽくなっていた事。

皆の顔が強張る。一ノ瀬さんが離した左手が、ベットに力なく落とされた。



医師の診断では、どうやらこの4年間の記憶がないらしい。
隣で一緒に診断結果を聞いた一ノ瀬さんが、私の手を強く握った。

大丈夫ですよ、と笑おうとしたけれど出来なかった。


03.思いのほか強く手を握るから、
いつものように笑えなかった



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