「行ってらっしゃい。気を付けて下さいね。」
確かにそう言って送り出してくれた彼女は、笑っていた。
今までこれほどがむしゃらに走った事があっただろうか。
流れる汗の感触と身体に張り付いたシャツが気持ち悪い。走り過ぎて喉が痛い。歌手としてあるまじきことだ。そんなことどうでもいい。
そんな事より、胸の奥からこみ上げる不安で、吐き気がする。
伝えられた病室に飛び込んだ。
中には音也をはじめ、レンや翔、Aクラスの面々、渋谷さん。月宮さんと龍也さんもいた。それも視界をかすめた程度で、次に目に飛び込んできたのは、白い肌を一層青白くさせ、瞳を閉じて横たわる、春歌だった。
「…春、歌っ。」
ベットに懸けより、ほっそりとした手を掴む。覚えている彼女の手の感触より、一層細くて涙が出そうになった。もう一度呼びかけても、返事がない。
「…イッチー。」
「春歌、春歌…。はる、か。」
その後は、もうほとんど覚えていない。
ただひたすら彼女の名前を呼び、喉が酷く痛んだ事と皆が私を止めた事。
そして一向に目を覚まさない春歌がいた事だけだった。
02.あのときの、君の笑顔を僕はまだ忘れられない
『いってらっしゃい、気を付けて下さいね。 トキヤ君。』