攘夷戦争は、曖昧なまま終わりを告げた。
ヅラとも、辰馬とも、高杉とも、離れてしまった。
いや、俺が離れたという方が正しいか。

それは寒い寒い冬のこと。
雪は積もり、シンと静かな空気が俺の獣を静めていく。

周りは誰もいない。もうずっとここをさまよっている気がする。
どこもかしこも雪だらけだ。
とにかく血だらけの格好でいてもしょうがねー。俺は無人と化したどっかの村の家の風呂を借りて、そこに置いてあった甚平を着ることにした。
刀も、もういらねェ。


「はぁっ…はぁ」


雪が降り積もっていく。さすがに甚平一つでは寒すぎたか?
とにかく、家を捜そう。誰か俺を居候させてくれる家ねーかな。…どっかのボンキュッボンの姉ちゃんとかだったら、最高だなオイ。


コツ


「あ?」


必死に悶々と歩いていたら、足元に固い何かが当たった。
なんだ?と思い下を見たら、雪の中に飛び出ている人の手。
生き残りがいたのか…!?
急いで雪を掻き分けた。


「…って、おいおい。嘘だろこれ………」


そこには目を瞑った、アイツがいた。
アイツ。もうあれから2年経った今、突如俺の目の前に現れたこいつは…


「伊智…!?」


愛しい愛しい女だった。
急いで抱きかかえようとその体に手を伸ばした。だが、


「!?あつっ…」


熱湯に手を付けたような感覚に急いで手を引っ込める。
どういうことだ。こいつはこんな雪ん中に埋められてるっていうのに、体が熱すぎる…熱か?
2年もたてば大人っぽくなってしまったその風貌に少し躊躇いながらも、彼女が着ている甚平(これも意味が分からない)の中に手を入れた。
やはり、尋常じゃない熱がある。
とりあえず起こした方が先決なのか?


「おい…伊智…おい」


冷やした方がいいのだろうか。そう思い、たくさんある雪を手で掴んで頭にあててやった。
したら少し眉根を寄せながら、顔を動かした。効果はあるみてーだ。


「もっと雪を…」


必死に掻き分けたからだにのっていた雪を、再びのせる。
するとモゾモゾと体が動き、「ん…」と声を上げて伊智が目を覚ました。


「伊智…テメー」
「……っ?」
「…おい、俺が分かるか。2年くれー前の、白夜叉っつーんだけど」
「…白、夜叉………さま」
「そ、白夜叉。覚えてる?」


そいつは小さく頷いた。
体を起こさないのは、熱さのあまり雪で体温を下げたいからだろう。


「お前こんなとこで何してんだよ」
「私……は……誰?」
「は?」
「私の名前、」
「…柴田伊智。ナシガ村の、柴田伊智だ」
「…伊智……。そう、伊智だ…」
「お前…大丈夫かよ」
「う、ん…」
「で、何でこんなとこにいるわけ?」


ここはナシガ村からも遠いし、かぶき町っていうちょっと危険な町のすぐ近くなんだけど。


「ナシガ村から…逃げて…っ?男に紛れるため、甚平に着替えて…」
「ほう」
「……そこからは、分からない」
「あ?」
「知らないわ。…記憶が、ない…」


どうなってんだこいつ。
顎に手を当てて考えこんでいると、伊智は泣きそうになりながら両手を伸ばしてきた。


「…………」
「白…夜叉さまっ……お願いっ…私を、助け…て」
「…」
「護って…ください……」
「……伊智」

しゃがみこんで、熱い手をぎゅっと握りしめる。

「護りたい。お前を、俺が護りたい。…でもよォ、それじゃダメなんだ」
「…え?」
「それじゃいけねーんだよ。俺は…お前を護ることができねー」
「な、んでですか…」
「俺には誰も護る資格がねー。…大切な奴をまた一人、いや……たくさん、俺は失った。もう…怖ェんだ。…何もかもいなくなっちまうのが」
「白夜叉さまっ…でも……」
「地獄から這い上がってこい、伊智」
「!!!」
「今お前は必死に自分と闘うべきだ。……俺ァ待ってるからよ。…大事なもんぶら下げるには…まだ早いんだ、俺には」
「そんなっ…」
「…忘れない。この手、絶対今度は離さねー。だけど…許してくんねえか」
「…っ」
「俺は…無力だ」



それだけ告げて、俺は手を離した。
必死に俺を掴もうとする伊智をこれ以上見ていられない、と…目を伏せる。



これで伊智も、幻滅するだろう。俺を嫌うだろう。
それでいい。それで、構わない。
アイツが血も涙も知らねーとこで、幸せに暮らしてくれりゃあ、俺は人生勝ち組だ。
………地獄から這い上がってこいって、俺に言ったようなもんじゃねェか。


俺はズルズルと体を引きずり、熱い体を休めるように墓場に入って一つの墓に背中を預けた。
熱い……伊智の熱がうつっちまった…。





それからしばらくだった。
しおれた顔したババーが、うまそーな饅頭もって墓にやってくるのは。






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