夕方。 柴田家、いや、村全体に松明の火が燃えあがり、人々は慌ただしく動いていた。 「神に謝らなければ。約束を破った事を。そうだろう、兎姫」 「………」 「返事をしないか」 「…………いやよ」 「兎姫!」 兎姫の父親で村長の勝也は、珍しく娘を一喝したが、兎姫は腫れた頬に氷袋を当てながら明後日の方向を見ていた。 そんな二人を後ろから見ていた伊智はため息を吐いて村を出た。 確かに、平手打ちした私が悪いかもしれない。 でも今回悪いのは兎姫だ。掟を自ら破り、その罪をなすりつけられた私の怒りを理解しない兎姫が悪い。 伊智はずっとそう思いながら村の神御越しの作業を手伝い続けた。 柴田家にはもう一つルールが存在するのが、今日わかった。 もしも生贄が掟を破った場合、神への冒涜として処罰を与える。 柴田家でそれを知らなかったのは、生贄本人である兎姫と、全く血筋に関係しない伊智だけであった。 伊智は松明の灯りを頼りに信元を探した。 さっきまでこの近くで村人と話をしていたはずだ。 「あ、信元さま」 「あぁ伊智」 「信元さま、どうなっちゃうの?」 「ん?」 ずっと伊智の頭を撫でる信元に、伊智は疑問を述べた。 「兎姫さまは今からどうなっちゃうの?」 ピタリ、と信元の手が止まった。 「………信元さま?」 「ちょっと熱っぽいな、伊智。風邪だろう。今日は寝てなさい」 「え…でも……」 「部屋まで送ってあげよう」 「神御越しは…?」 「…大丈夫。伊智は関係ないから、参加しなくてもいいんだよ」 「…私だって村の人だよ!!参加したい!」 「悪いが自分の体調管理もできない人は参加させたくないんだ。それに、今日兎姫を連れ出したのは伊智なんだろう?」 「っ…………」 信元さまも、やっぱり私を責めるんだ。 私はやっぱり、柴田家の人じゃないから。 いらないんだ。 伊智は信元の手から逃れるように屋敷に戻った。 [←] [→] back |