「―伊智、行きなさい。早く」

「………え?」


蚊が鳴くように小さい声だったのに、伊智はそれがしっかりと聞き取れた。
自分の左手を握りしめる母を茫然と見つめた。


「私達は後で行くから…ね?」

「伊智一人ならここを抜け出して、出口に行けるはずだ」

「そっ…そんな!嫌だよ!お父さん、お母さん!?一人にしないで!」


すがるようにお母さんの腰元に抱きついたけど、優しく手を解かれて、頭を撫でられた。


「大丈夫。…私達は家族よ。切っても切れない縁なの。絶対、離れられないんだから」

「伊智、怖がらなくていい。もし…もし、3人がバラバラになってしまったら、その時はこの人に頼りなさい」


お父さんはそこらへんに落ちていた落ち葉を拾って、自分の体から流れている血液で何かを書いてそれを伊智に渡した。



"柴田信元"




「………………………?」

「っ…ほら、生きなさい。早く!!」




お母さんに背中を押された反動で、門に向かう人の流れにのまれてしまった。
伊智は落ち葉を握りしめながらも、二人の名前を叫び続けた。





「お父さんっ――!!!お母さん!!!いやァァァァァァァァァァ!」







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