8年前、攘夷戦争が起きていた頃―


遠い田舎のナシガ村でも、その影響は既に及んでいた。
村の人々は人間外生物の天人を恐れ、やがて神を頼るようになってしまった。
死を恐れるがために、人は人を神に捧げた。
そんなナシガ村を治めていたのが、柴田家。
柴田家では古くから、息子が生まれたら次期村長として教養を受けさせ、娘が生まれたら子孫繁栄のために大事に育てられていた。

しかしそれも、攘夷戦争が起きるまでの話…。

人々の神の信仰は、柴田家にも広がって行った。
そうだ、神への生贄を捧げなければならない―
誰から言ったのかは今では誰も分からない。柴田家のルールはいつの間にか、娘が生まれたら神への生贄として選ばれる事になっていた。
柴田家から外は出せないという行動から、生活態度など全てが制限された。

そして当時の村長、柴田勝也の娘で神の生贄が、兎姫(とき)だった。
伊智はいつも、年も近くて美人だった兎姫に憧れていた。


「お、お母さんっ――!!お父さん!!」

「「「「きゃああ!!」」」」

「神様!私達を見捨てないでください!」

「神様ァァァァァァ!」


この日も多くの天人が村を襲いに来た。
木々は燃え、人々の悲鳴は不協和音を奏でていた。
7歳の伊智は唯一の家族の父と母と逸れてしまい、逃げまどう人の流れに逆らって走り続けていた。



「お母さん!!どこ!!?お父さん!」

「へっへっへ!上等な娘がいるぞォ」

「!?いやっ!きゃあああ!いやああ!」

「ん、なんだあ?小さいなあ」


天人に両足を掴まれ、逆さまに吊るされて顔を近づけられた。
獣みたいなにおいが充満している。血の鉄臭と、天人独特の体臭が更に恐怖を植え付けさせた。


「う、うぼええぇぇぇ」


ビチャッ…ビチャビチャッ


「おえ!!!!きったねえガキだな!しね!」


ドサッ!


「きゃっ…うぅ……」


天人から投げ出された伊智は蹲り、震える体をぎゅっと抱きしめた。
父と母がいない今、もう死んだも同然―
そう思い諦めかけていた時…。



「伊智!!!!どこなの!?伊智!」

「伊智−−!返事をしろー!」


悲鳴と悲鳴の間から聞こえたそれは、確かに両親の声。
私はハッとして立ち上がった。
お父さん、お母さん――!!
姿はすぐに見えた。心配したような顔の二人が私に気付いて、笑顔を浮かべる。
この場には似合わない笑顔だった。だけど私達にはそんな事も関係なくて。


「お父さん!お母さん!」

「ああ…よかった伊智!」

「一人にして怖かったな!ごめんなっ……」

「ううん、もう大丈夫………」


お母さんが私に目線を合わせるためにしゃがんで、私の両肩を掴んだ。


「村から今すぐ出ましょう。伊智」

「えっ……」

「大丈夫だ。もうこんな怖い思いはさせないよ」

「ホ、ホント?」

「ええ………もう準備はできてるわ。村の門から出ましょう!」

「うん!」


3人で手を繋いで、焦げ臭い煙が立ち込める中を走り続けた。
やっと、やっとこんな所から抜け出せる………!
光を写さない人の目も、痩せ干せていくからだも、血の塊も、もう何も見なくて済む…!




そう思ったのも束の間だった。




「……どういうこと、これは」

「俺らと同じなんだ…みんな。逃げようと必死なんだ…!」




3人の前に立ちはだかったのは、唯一の出入りの扉の前でうごめく人達の姿だった。
殴り合い、押しのけあって…我が先にと扉の方へ向かっていく。
この様子では先ほどの天人たちに追いつかれるし、出られたとしても持っているものを奪われてしまうだろう―
3人はそう思い落胆した。


- 8 -

[] []
back