…

鳥の鳴き声で重い瞼がようやく開いた
どうやら寝過ぎてしまったらしい
横たわってさえいない身体をぴくりと動かすと大きな欠伸をひとつかまして目を覚ます
朝陽が眩しいほどに目に飛び込んでくるその光量に、目を何度もきつく閉じた


「ふあぁ……」


ソファに投げ出された身体は座りっぱなしの体勢で悲鳴をあげていた
やはり老体には辛いな
苦笑いを含みながらそっと身体を背凭れから起こそうとするオレの身体が、何かの重さで止まった


「ん……」


左肩に乗っているであろうその錘に目をやると、そこには愛しい存在がオレの肩に身を寄せていた
髪から漂ってくるお前のいい匂いを感じとりながら、眠たいながらにオレはクスリと笑う
これじゃあ動けるモンも動けまい
カーテンを目一杯広げに行こうとした身体を再びソファに預けると身を寄せているお前の顔を少し覗き込んだ

安らかな寝顔だ
少し笑っているようにも見えたお前の顔色を確認すると何処か安心したようにオレは一息ついた
しかしその寝顔を見るだけじゃ飽き足らず、さらさらとお前の額にかかる前髪を何度か掻き分ける
擽ったそうにするわけでもなく、お前はぐっすりと深く寝入っているのか寝息を立てたままでいた

こんな洒落た事が出来るようになったのも何時からであっただろうか
お前と出会ってからというもの、手慣れたようにこなしてきた愛撫
これが煙草を吸って麻雀に生きる男の姿と思うと笑わせた
しかし、これも全てお前が教えてくれたものだと思うと麻雀牌を触り続け少し固くなった自分の手先も愛しく思えた

その指先で今度はお前の頬を撫でる
流石に起きてしまわないかと不安になったが、ふっくらとした頬はオレの指先を跳ね返すだけで、お前が起きる気配はなかった
ほんのりと赤く染まったその頬はお前が心地よく眠っている事を示唆してくれている
それがなんとも愛おしく、自身にとって可愛らしくて
顔を覗き込みながら何度も撫でる頬を見て口端を少しあげながらゆっくり時が流れて行くのを待った

お前の肩に回している手で肩も撫で終えると、オレは自分の胸元がはだけたシャツのボタンを更に外した
ソファの前にあるテーブルを見つめると綺麗に片付いていた
昨日寝酒にと二人で酒盛りをして騒いだ後は、この朝には何処にも残っておらず申し訳程度にテーブルの真ん中に一輪の花が飾られていた
花が好きなお前がまた飾ったのだろう
オレが寝てしまってから片付けたテーブルを見つめて、心の中でお前に軽く感謝しながら無意識にオレはお前の肩を抱き寄せていた



『…………、ん……』



そうすると、深い夢から戻ってきたお前が可愛らしく頭を揺らした
起こしてしまったか、と慌てて顔を覗き込むとまだ焦点の合わない瞳が必死でオレの目を捉えようとしていた
自身の目を擦り暫くしてお前はオレを認識したのかえらく幼くにっこりと微笑んだ
その顔に囚われたように目を離せないオレは、不思議な顔をしていたのだろう
ふらふらとオレの頬に伸びてきた手に気づかなかった


『しげる、さん……』


その小さな手はオレの頬をぴっとりと包み込むと、静かに撫でた
まだ寝起きの温かな体温が伝わってくる中、オレはようやく正気を取り戻した
ハッと一瞬目を見開くとお前をもう一度見直し、優しげな微笑みに自分に出来る精一杯の笑みを返した


『しげるさん……?』

「……改まって、なんだい」

『……あのね、…』


オレの名を珍しく何度も呼ぶのは、まだ寝惚けている所為もあるのだろう
何か言いたげなお前の口の動きに合わせてゆっくり返答してやると、お前はまたその目を細くして笑った



『まーじゃん…打ちにいくなら、お見送り、したいとおもって……』



その言葉にオレはまた言葉を失った
お前に向けていた笑みがふと顔から消えてしまう
目覚めても尚、考えてくれるのはいつも身勝手なオレの事ばかりだと思うと気が引けたというか、思わず驚いてしまったのだ
しかしポカンとお前を見つめる顔は直ぐにいつもの顔に戻せた
お前が撫でてくれている頬の手に自分の手を重ねると、指先を絡めて離さないようにする
それが、オレの答えだった
なんだろうか、今日は特別な日だった
目覚めてお前の顔を目にしたら、フラリといつも朝から消えさせてしまう自分の身体もここから動かしたくないと思ってしまったのだ
何故だかわからない、不思議な力が働いたのだろう



「馬鹿野郎」




その不思議な力と言うものに
突き動かされながら





「何処にも行きやしねぇよ」





お前の手を握る力が
無意識に、強くなる



オレの答えに先程のオレと同じように不思議そうな顔をして笑みを消すお前だったが、直ぐに意味を理解すると優しく微笑んだ
絡めた手を離さないまま、内心では凄く嬉しかったのだろう
オレの肩から身体を起こすと、嬉しそうにオレを見つめた



『じゃあ、今日は一緒に朝御飯、たべれますねっ』



そのまま立ち上がったお前は絡めた手でオレをソファから引き剥がすと窓際に連れていく
開いた手でカーテンを目一杯広げたお前のその行為にオレは思わず目を閉じた
晴天の陽射しが直接身に染みて、心地いい
こんなことを考えれるようになったのも何時からだっただろう
恐らく皺の寄ったであろう目をなんとか開けると既に目の前にお前はいなかった
小さい身体がちまちまと動くと直ぐに見失ってしまう
いつの間にか離れてしまった手の行き場を探しながら、オレは後ろを振り向いた




『……えへへ、今日のご飯何に、しようかなっ』



そこには案の定お前が居た
キッチンに向かっているのであろう
起きたばかりの身体をのびのびとさせて調理場に向かうその後ろ姿を見て、オレはふと何かの風に吹かれたようにその場に立ち竦んだ

改めて後ろから照りつけている陽射しを目にして、その後生活感のある部屋に目をいれた


綺麗に整えられた本棚

その傍に積み上げられているタオル

花が生けられたテーブル

まだ電源の入っていないテレビ


自分一人ではここまで発展はしていなかったであろう
オレはその部屋を改めて目にすると、フッと笑った




そうか




今日は、特別な日なんかじゃねぇ





ようやく察したかのように何度かその場で頷くと、既にその場から姿を消したお前の追いかけようとキッチンへ足を伸ばす
キッチンの扉を開けるとそこにはエプロンをつけて、冷蔵庫から食材を取り出しているお前が居た
せっせと動いているお前は生き生きとしていて、その顔には笑顔が浮かんでいる
ようやく出し終わった食材をシンクに並べ、一息ついたお前の元へ歩を進めるとその小さな身体を後ろから抱き締めた



『……! しげるさん……?』




ここから動けなかったのは



不思議な力でも



なんでも
なかったよ





そう、ただ当たり前の『日常』
オレにとって何も特別なことのないお前が与えてくれたこの平凡な朝




「……なあ」





お前の髪に顔を埋めながら改めてお前がオレの元に居る事を感じる
どうしたの、と不思議そうに振り向いたお前をやっぱり後ろからじゃもの足りないとオレは真正面から抱き締めた

この小さな身体が証明してくれている
自由気ままなオレをこの小さな『箱』に留まらせてくれている理由を







「…………有難うよ」







きつく抱き締めた身体を少し離して、小さなお前を見つめる
不思議そうにしていたお前もオレの感謝の言葉に再び笑みを浮かべた



ああ


どうしてこうにも


心が和んで行く?



オレは目を瞑り、そして大人気なしに照れ臭く笑うとお前の瞳を見つめ直す
ヒカリを取り入れたその瞳の中にはしっかりとオレが映っていた
普通はこうやって、紡ぐものなのだろう
毎日毎朝、自分の隣にいてくれる大切な存在に
今日、起きた瞬間にお前を隣に迎え入ることが出来て本当に良かったと、思えている
これだけ暖かい事を知らなければ、この平凡さに気づくことも出来なかっただろう
柄じゃないのはわかっている
けれど、本当に有難うと感謝をしなければならない



何時からか
傍で、いつも微笑みかけてくれていたお前に





「……ハハハ、言い忘れてたな」






そんな事を考えながらオレはお前の肩を抱き引き寄せて







「おはよう」








そっと、キスをした





Un posto al sole


こんなに誰かを愛おしく思えることも
この腕の中がこんなにも温かに包まれることも


全部教えてくれた


オレの最初で最後の

大切なお前へ捧ぐ
愛の挨拶




2014/07/10


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