...


畳の上に仰向けになりながら横になる。
もう何十年も吸い込んだ煙草の味が俺の平常心を何時も保っていた。
相変わらずのボロアパート。キッチンの方を見れば、俺より若い女がフライパンを馴れない手つきで扱っている。
もう夕方だ、晩飯の頃合い。
今日はコンビニ飯でも買ってビールで一杯やろうと思っていたら、私が作りますなんて言い出したから、そのまま晩飯を任せることにした。
良い匂いが漂ってくる俺の腹具合は既にペコペコ。
もうすぐで出来ますから、と声が飛んでくると、おうと返事を返す。
鼻歌混じりの調理が心配になって先程からチラチラ様子を伺っているが、特に何も起こりそうにない。
しかし、せめて箸の用意でもするかと体を起こし立ち上がろうとした、その刹那。




『っ、あっついッ……!』




キッチンの方から悲鳴に近い声を聞いた俺は、吃驚して一瞬煙草を落としかけた。
ほら、言わんこっちゃねぇ。
慌てて立ち上がると、踞ろうとするお前を支えて片手で押さえた手を強引に引き出させる。


「馬鹿野郎、だから言ったろ!お前が料理なんて…ほら、腕!かせ!」


お前を引っ張るようにしてシンクの方に連れていくと、荒く水道口を捻り水を出す。
其処にお前の腕を突っ込んで冷やしてやる。
心配はしていたが、やはり火傷を負ってしまったのだ。
普段からあまり料理をしないお前が、何も起こさずうまい飯を作れるかってんだ。
お前の顔を覗くと目を瞑って痛みに耐えていた。冷やしていたら少しは変わるはずだ。
と言っても、広い範囲で焼いてしまったのだろう、腕は既に赤みを帯びて水ぶくれになろうとしている。
不味いな、と考えつつも俺は煙草を口にくわえながら開いている手で冷蔵庫の製氷器の部分をあけて、氷を手掴みでシンクに放り出されているボウルへと放り込んだ。
其処に水を張ると、お前の腕をまた無理矢理突っ込ませる。


『……っぅ、開司さん……冷たいよ』

「阿呆、我慢しろ。これくらい。ってか冷やさなきゃ余計に痛むんだよ」

『ずっと、このまま……?』

「当たり前だ!」


そんなぁ、と言う顔をするお前を叱咤しながらボールを持ってリビングまでお前を運ぶ。
料理が上手くいっていただけショックなんだろう、お前は泣きそうな顔をしながら渋々ボウルに腕をつけてた。


全くよ、いつも聞き分けねぇんだから


「あのな」


たまには俺の言い分も聞いて欲しいもんだよ



「俺はお前が料理すること自体、否定するつもりはねぇ」


冷えた氷の中に浸けられたお前の綺麗な腕に皺が寄った手で触れながら、泣きそうなお前の目の周りを指先で拭ってやる。


「でもな、怪我されちゃ困るんだ」


ん?と顔を覗き込むと『ごめんなさい』と言いながら遂に泣き出しちまうお前。

何でか、わかってるんだよな。
怪我することで俺がいつも悲しい顔をするのを知ってるから。

当たり前だ。
好きな女の肌に俺以外の何かが残るなんて信じ難く、そして憎らしい。


「火傷はな…何時まで経っても消える事がないことだってある」


大切なお前の体に俺みたいに刻印が残ることさえ、嫌だから。

そっと、自分の肩を抱きながらあの時の自分の絶叫を思い出すように、目を閉じる。
こんな思いは死ぬまでさせたくないんだ。
泣き止まないお前の頭を撫でながら、もう説教は終わりだと微笑み返して、煙草を消してしまうと俺は無防備なお前の首筋に顔を埋めた。


「それに、困るんだよ」


『困る?』


「お前の体に俺以外の痕がつくのは」


ちゅっ、と甘噛みしながら首筋にキスマークを残すとお前は吃驚したように俺の名を呼ぶ。
なんだ、何時までも辛気臭いのはナシナシ。
それに、俺以外の痕が残るのが嫌ってのも本当の話さ。


『か、開司さんっ…ちょっと、ちょっとっ』

「ん?」

『こんなときに何してるんですかっ』

「痕つけてんだよ、俺の。言ったろ?火傷だろうと俺以外の印は嫌って」

『だからって、今そんなことしなくたって』

「いーや、今じゃなきゃダメだ」

『どっちが子供なんだかわかりませんよ!』

「関係ない関係ない」


見えるところに数ヶ所つけて回ったけど、これじゃまるで足りない。
かといって、今無理させることが出来ないのも事実。
どうしたものか、と腕を組んで考える俺を後押しするように脳内から指令が送られた。


「お前はそのまま、な?」

『やっ、…こ、このままする気なんですかっ?』

「なぁに、悪いようにはしないって…」

『もう、開司さんのスケベ…!』


お前の服をたくし上げながら、お前の言い分にくつくつと笑っちまう俺。
涙はすっかり乾いて、いつもの威勢を取り戻したお前を見て安心した。


「ククク、そうだ…お前はそうしてる方が可愛いんだから…暗い顔なんてするなよ」

『か、開司さん……』

「もっとも、俺は気持ちよさげなお前の顔が一番好きだけどよ」

『なっ……!』

「ハッハッハッ……バーカ、冗談だよ」


腕を水に浸したままでいれるように配慮しながらもお前を抱き締めて、再度頭を撫でてやる。
腕の中では頬を膨らまして怒っているお前がいるけれど、そんなお前も可愛いなと思いながら皺の寄った手で抱き締め続けた。






「……俺の大事な女なんだから、…そう泣いたりするな」






そう言いながら綺麗な肌に少しずつ小さな痕をつけて回る。
お前は俺の言葉にふと笑い、そして怒りながらも餓鬼くさい俺に体を預けてくれていた。



若い頃は博打一筋で、女なんか目もくれなかった俺に
ようやく大事な人間ができた


それを失うのだけは
嫌なんだ


だから、笑っててくれ


この痕はすぐに消えてしまうけれど
俺の大事な女だと、火傷に負けないくらい
刻みこませて、そして



俺で全てを埋めさせてくれ



2014/06/18


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