001
三苗高校・初等部校舎脇の駐輪場から7分。
帰りが行きより2・3分遅くなるのには理由がある。
踏切に差し掛かる前に出現する難関ポイント。
…登り坂だ。
「ねー。もっとスピード出ないわけ」
「バカ全力だよ。これ以上出せるか」
「ポンコツ」
「降りろお前」
「やーだー」
幼、小、中、高。
互いの親同士の仲が良いのもあって萩谷家との付き合いはかれこれ10数年になるが。
最早腐れ縁としか言いようがない。
高校に入ってから何度となく送り迎えしてやっているが未だにこの恩に報いたことがあっただろうか。否。
断れないわけではない。
なのに最終的にはほだされている。
俺の「めんどくさい」が通じない女は後にも先にも、コイツくらいだ。
「頑張って!せいじくん」
真南は定番アニメの主題歌を口ずさみながら、俺の首にじゃれついてくる。
登り坂、といえばの青春娯楽アニメだ。
なんか太った猫(あ?犬だったかな)を追いかけ回してたらイケメンに遭遇して坂道を二人乗りし最後は朝日を前にプロポーズを受けるんだったか。…中学生が。
うろ覚えだがストーリーはだいたいそんな感じで合ってるはずだ。
「お前…最終的に女の方が途中で降りてチャリ押してやるっていうとこまで知らないわけないよな」
「んー?知らない」
うそつけ。
「パピコおごってあげるから」
「安っ」
ラクトアイスの半分寄越したけで送迎運賃になるとでも?
本気で思ってるなら人生舐めすぎだと思います。
「あたし今67円しかもってないんだもん」
「今時何て女子高生だよ。むしろ尊敬するよ」
漕ぎ出すときに一番体力がいるのだ。
単純に膝だとか臑だとかの問題じゃない。兎に角腹にかかる負荷が半端ないんだ。
スゲェ痛いんだ。
今日は黒瀧さんの機嫌が悪くて色々めんどくさいことがあったせいで特に。
「…」
地に足をつけたまま視線だけ投げてやる。
相手は口を尖らせてやたらと不満げだ。
大好きなお兄ちゃんなら何でも言うこと聞いてくれるんだろう。
そんなの知らない。
俺はお前の兄ちゃんじゃねえんだから。
「じゃあガリガリ君ソーダ味」
「…メンドクセェ」
結局折れた俺は、のろのろと右足をペダルにかける。
二つ分の体重に悲鳴を上げながら再び動き出す相棒に心の底から謝っておいた。
「ねー怜」
ころころ変わる表情も、ガサツで女らしくないその仕草も、世界で一番泣き虫なのも、全部知ってる。
「きーてる?」
「きいてる」
守ってやる気なんかないし、そもそもめんどくさいし。
俺がお前の為に必死で何かしてやったことなんて一度もないし。
いじめに遭った、
痴漢に遭った、
暴漢に遭った、
大好きな兄貴が彼女に二股されて凹んでいた、
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mokuji
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