003

「ぶっっコロス!!」
「ふざけんなよ!」

逆上した女子の声に乗じて女子トイレの前には人だかりが増えていく。

「ねぇ、やばいんじゃないの?あれ」
「何なに?喧嘩?」
「おい!何やってんだお前ら、落ち着きなさい!」

生徒に呼ばれて駆けつけた男性教員もいたが、さすがに女子トイレの中に入るわけにもいかず、口論を収めようと声を張り上げたが外野の存在は逆効果だったらしい。

「やってみろよブス!今時ルーズなんか流行んねえんだよ蒸れた足がカワイソー!」
「うっせーんだよチビ!焼きそばみてーな頭しやがって」
「あー今全世界のハーマイオニーファンを愚弄したねこの愚民共!」
「はぁ?何あんたそれエマ・ワトソン気取ってんの?全然似てないし残念系すぎて笑えるんですけど!」

その後女性教員と養護教員が仲裁に入るまで喧嘩は終わらず、真南は二人に押さえつけられ、一人に顔が腫れ上がるまで殴られた挙句、髪を切られたらしい。
そう。事が終わった時には、真南の腰まであった髪は無残にもズタズタに切り刻まれていたのだ。

眉霧挟みでも、十分凶器になり得る。
血相を変えたまま教員は職員室に駆け込み、全職員が会議に強制出席させられることになったため授業はもちろん自習。
その後直ぐに全学年の女子の持ち物を検めさせることが決まり、化粧品その他は全て没収、騒ぎにかかわっていなかった者も軽い処分を受けた。

騒ぎを起こした「4人」に関しては原稿用紙5枚分の反省文と1週間の自宅謹慎という処分が出された…らしい。

怜が聞いた話はここまで。
ここからは、「見た」話である。
現場から撤収した後の女子トイレには、言うことを聞かず座り込んでいる真南と養護教員だけが残されていた。
そこで怜が目にしたのは変わり果てた幼馴染の姿であった。

「あーもうしつこいな、大丈夫だってゆってるでしょ」
「でも顔真っ赤だよ、冷やさなきゃ。お腹も蹴られたんでしょ、ちゃんと診せて」
「さわんなよ!マジうっざい!」
「ああもう、ほら暴れないで」

騒ぎを知って駆けつけたわけではない。
昼休みが終わったので教室に戻ろうとして、偶々「トイレから出てきた真南」に出くわしただけだった。
養護教員の手当てを断りながら、猫の威嚇さながらに毛を逆立てているおかっぱの少女。
「馴染み」の顔によく似ている…と思ったら、うつむいていたその相手と目が合った。

「…っ、」

瞬間。
つりあがっていたその目が一瞬きょとんと真ん丸に戻り、それから一気に涙腺が切れたようにそれは弾けた。

「…れ、い」

聞き間違えるはずもない。
真南の声だ。
しかし、反応は少し遅れた。
また喧嘩したのか、と呆れている場合でもないと流石に理解したからだ。

「ああ、野守君、ちょうど良かった、あのね」
「……ぅ、あ…」

真南。
名前を呼ぼうと口を開きかけたが、今度は此方が目を丸くする盤だった。

「うわぁああああん!!!」

突進してきた体を受け止めて、混乱する頭をひねって考えたけれど何を言ってやればいいのかわからなかった。
腕の中で大泣きしている真南。
唖然としている養護教員。

そりゃそうだ、校内一の暴れ馬、姿形以外は可愛げのないことで知られるコイツが、殴られようが蹴られようが動じない、ましてや泣くなんてありえないコイツが。
大泣きしているのだから。

その髪はどうした、とか。
何泣いてるんだ、とか。
何抱き付いてんだ、とか。
人前だぞ、とか。

静まり返った廊下で、堰を切ったように泣き出した真南を見下ろして。


「めんどくせぇ…」


出てきた言葉は、それだけだった。



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mokuji
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