001
「萩谷の髪さぁ、やったの向坂らしいよ」
体育を終えてからの移動教室。
いつもの友人ら二人と廊下を歩く。
この後は音楽だが、面倒ごとを嫌う野守怜には辛い授業の一つであった。
極めつけに、着替えた後の教室から音楽室までは端から端まで離れている。
面倒以外の何物でもない。
「例のリンチ事件で萩谷の髪バッサリいったじゃん、アレやったの向坂らしーよ」
聞かなかったことにしたのだが、もう一度事の詳細まで付け加えて放たれたその言葉に眉を顰める。
だから何だとばかりに睨み付ければ、一人は大げさに目を見開きもう一人は肩をすくめてみせた。
「んな睨むなよ」
「ウチのクラスのことだし、野守だって気になってるだろ」
「萩谷のことだし、の間違いだろ」
「どういう意味だよ」
「わぁ、こわぁい」
はいはい喧嘩しないのー二人とも」
これ以上付き合っていたくない。案の定悪乗りする友人はもう一人に押し付けて先へ行く。
「じゃあ俺がちょっかい出しても文句ないわけだ」
が、言われたくない言葉の上位を言われ、気分は最悪だ。
「お前、マジで死にたいらしいな」
「待て待て待て物騒なこと言っちゃあいけないよー」
語尾を荒げるのを見て流石にギョッとしたらしいもう一人が慌てて宥めに入ってくる。
教科書が凶器になる前に止めてもらえて良かった。角に当たれば相当痛いはずだ。授業中ですらまともに開いたこともないのだから。
「女子って怖いよな」
「たかが髪、されど髪ってな」
此方の二歩後ろを歩く二人が口を揃える。
「それで、」
そもそも、何でこんな話題が出てきたのか。
ていうか、サキサカって誰だ。
「お前らは何のためにこの話題を振ってきているんだ」
「「お前のためだよ」」
二重奏が、いっそ気持ちいいくらいにハモっていた。
「…はぁ?」
溜め息混じりに再び踏み出す足取りは重い。
只でさえ面倒でだるいだけの音楽の時間がより億劫なものへと変貌する。音楽室への足取りが もともと軽かったわけではなかったのだけれど。
ここにいる二人は事の詳細を知らない。
その場にいた者たちでさえ、トイレの中のことまでは知る由もない。
歩幅を早めながら、怜はぼんやりと数週間前の出来事を思い返していた。
***
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mokuji
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