003

夕日が眩しい。
目に刺さる。
目頭が熱い。

無理やり肩を貸してくるその腕も、本当は払い除けたかった。
それでも力はかなわなくて、諦めて力を抜く。
クロタキの口元が小さく歪んで、笑ったように見えた。

「で、何が気持ち悪いって?」
「だから…」

大きく溜め息をはく。
相手は続きを促すように此方を見ている。
陽に茶色く染まった男の襟足がきらきらと眩しい。

「おれの顔見て、殴りたくないって」

一瞬だけ目を合わす。
クロタキはぐしゃぐしゃと自分の髪をかき回した。

「なんだそれ」

クロタキが顔をしかめる。

「わかんないよ…おれだって」

胸がぎしぎし云うんだ。

「おれだってこんな顔、嫌いだ」

それでも、自分を殺せない。

痛い。
いたい。

屈折する思いと過去と、朧気に浮かぶ父の顔と、父の声。
母の名を呼ぶその声だけは、はっきりと思い出せる。

「あんたは、何も言わないね」
「あんたじゃねえ、黒瀧」
「しってるよ」

歩き出しながら、やけに饒舌な自分に驚く。
それでも喋るのをやめようとは思わなかった。
どうしてか、分からないけれど。

「おれの顔がなんだっていうんだよ」

ほっといてくれればいいのに。
付け足した言葉に、クロタキが苦笑する。

「興味持つのも分かる気するけど。お前、フランス人形みてぇだから」
「フランス?人形?」

また新しい悪口だ。
「意味不明」噛みつくように毒づいたが、相手は笑うだけだった。

「あー…まぁでも、確かに気持ち悪いな」

クロタキはそう言って、何度も大袈裟に頷く。

「フランスに行けば、今よりマシかな」

自嘲気味に口元が緩む。
別にどこへ行こうと自分の罪は変わらないのに。
逃げたい。赦されたい。
笑ってしまう。

切れた唇から血の味がした。


「さぁな」

ややあってから、クロタキは興味なさげにそう返して、空を仰いだ。
緋色に染まる空は徐々に紫がかっていく。

「いいから、好きに生きろよ」

言い聞かせるように、クロタキが呟く。

「お前は何も悪くねえんだから」
「え、……」

言われた言葉に驚いて、目を見開く。
クロタキの顔は逆光で良く見えない。

「何も?」
「何も、だ」

聞き返せば、相手は確かに頷いた。

「ほんとに?」

唾を飲み込んで、もう一度問う。

「しつけえな。ガキ」

苛立ち混じりの声で制してくるクロタキの手が伸びてくる。
それからぐしゃぐしゃに髪を掻き回された。

本当に。今日は何かおかしい。
嫌な感じがしないのは何故だろうか。
言葉は粗野で乱暴でも、その声は柔らかかった。

またゆっくりと歩き出す。
それからのことは、よく覚えていない。

クロタキに全体重を預けたまま、ぼんやりと母のことを考えていたとは思うけれど。








(これは今よりも、ほんの少しだけ前の話。)









13.04.23...



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mokuji
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