ささやかなる対抗

電子で伝う情報交換。
次の約束は、仕事の日程は、電車の始発終電は。
全てこの小さな電波泥棒によって事足りる。

あれば便利。だが無くても別に困らない。
そもそも、電話以外の機能に必要性はあるのか。便利と言えば聞こえはいいが。
わけのわからない機械を四六時中カチカチカチカチやっている昨今の若者を目にする度に理解に苦しむのだ。

勿論、晴れて思いが通じ合った「この相手」も例外ではなく。
せっかくの昼休み、他の生徒も少ない図書館の中だというのに携帯を手から離す気配がない。

ああ理解に苦しむ。
理解できない。したくない。

とどのつまり。

僕は、あなたにかまってもらえないのが寂しいんです。


「…で、考えた結果がこれだってわけ」
「うん」


寝る間も惜しんで作ったノートを鞄から引っ張り出す。

それは何の変哲もない大学ノート。
コンビニで売っているやつだ。
特別なものではない。表紙に書かれた「★交換ノート★」という文字を覗いては。

「なんだよ★って。なんだよ★って」
「えっと、こうすればかわいいと思って」
「…なんだよ★って」

どうやら★、が気にくわなかったらしい。
三回も口に出してから、彼女は犬のフンでも踏んだかのような顔を作った。
そんなに嫌そうな顔で受け取らなくてもいいじゃないか。
だが口に出すことはしない。思うだけでやめておく。後が怖いから。

「まぁ読んでみてよ。頑張って書いたんだ」
「あそ…」

彼女は脚を組み直し、興味なさげに(実際無いのだろうが)ノートを開く。

「……ハローハロー。あなたが大好きな僕ですよ…?なんなのこれ」

一行目で、既に結果が見えたような気がした。
細い眉がひくりとつり上がる。

数行も目を通さないうちにノートを閉じた。そして、深くため息をつく。

「はぁー…ほんと、あんたバカなの?」
「うわ、何今の間」

お気に召したかどうかは明白だ。
彼女は今度こそ白目をむく。

これはまずい。
どうやら失敗らしい。

椅子を引き、静かに立ち上がった彼女にはっとして顔を上げる。
引き留めたくてその手を掴んだ。

「なによ」
「お、怒った?」
「怒ってないけど、ウザイ」

掴まれた手首を見下ろして、冷たい一言。
ああ失敗か。がっくり肩を落とす。
わかってはいた。こんな子供じみた遊び、高校生がすることじゃない。
わかってはいたのだが。

「ま、付き合ってあげてもいいけどね」

思ってもみなかった言葉にばっと顔をあげた。

「こういうの、懐かしいし」

小学生に戻ったみたい。
そう呟く彼女は、優しい目をしていた。
クスクス笑いながら、ノートの表紙をなぞる。
僕も身を乗り出して彼女を見つめた。
それも長くは続かない。

「あのさ」

今の今までご機嫌だった彼女はどこへ行ったのか。
顰められた眉に首を傾げる。

「顔、近過ぎ」

あー…そういうこと。

「いつまで手握ってんの」
「ス、スイマセン」




翌日、彼女は何でもない風な顔で僕にノートを突き出した。
色とりどりのペンで書かれた数ページは彼女からの返事。

愛いっぱいのお返事をもらって、教室には春爛漫の僕だけが残されたわけなんだけど。

「か、勘違いしないでね。別にあんたのためにわざわざ時間かけて書いたんじゃないから。あたしは手を抜かない主義なの」

…照れないでよツンデレ。






10/07 15:44 @ isuca


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