021

そのお手本なんじゃないかと疑う余地のない人物が目の前にいるのだから、興奮しないわけがない。

嗚呼神様、不良高校に入学してからというもの「普通の人」にすら出会えていなかった自分が、ここまで「きちんとした方」に出会えたこの奇蹟に感謝いたします…!

今までの自分のなんと無知だったことか。こんな素敵な人が身近に居たなんて!

「たまには家庭科室にも遊びに来て。みんなも喜ぶと思うし」

目をキラキラ(ギラギラ?)輝かせていられたのもほんの十数分だった。

「雪姫ちゃんも、是非」
「あ、…はい」

二三、真南と話をしてから、鞘子は用があるといって席を立つ。
此方は大した挨拶も出来ずにいたので少し残念だけれど。
ぺこりと頭を下げて、私はまた作業に戻った。

それから、あまり角度を変えずに奥の席を窺う。
不良集団達はまだ不穏な空気を発していた。
お花畑にいるらしい藤後、舎弟の陰に隠れる黒瀧、そして愉快な仲間たち。

「ねーお姉様もう帰っちゃうの?」
「うん。道場のお掃除しないと」
「えー」

つまんない!
扉の方から友人の声が聞こえる。
鞘子は店を出ようとしていたが、真南がその周りをチョロチョロしながら駄々をこねている。
 「ふふ」

可愛い。
妹がいたらあんな感じなのだろうか。
自分にも甘えてくるが、それとは少し違うから。
それにしてもあの子は甘え方を心得ている。
どこにいても可愛がられるタイプだろうな。と、少しいやかなり羨ましい。
自分にはああいう可愛げというものが無い。

「何寂しそうな顔してるの、ゆき」

不意に、誰かの声が思考を遮った。

「疎外感?ニューフェイスの出現により危ぶまれるヒロインの危機的な何かでも感じ取った?」
「な、何ですかそれ」

意味不明な単語の羅列に、隣の男を睨みつける。
自分も随分と攻撃的になったものだ。
この男…城多騎由に対しては、という意味でだが。

(というか、今、この人)

私の名前を呼んだような…?

「彼女は特別なんだよ。子猫ちゃんにも、あっちにいる連中にとってもね」

彼は黒猫側の人間だが、今の言い方だと三苗高の不良全体の話のようだ。
含みのある言い方に、彼女の存在が三苗でどう影響しているのか少し気になるところだが。

「前沢のせいで腑抜けたあっちの大将見てみなよ。ま、理由は違えどウチのしゅうちゃんも似たようなモンだけどね」「鞘子さんのせい?それってどういう」
「ちょっと城多」

不良となれ合う気はないが、彼女の話となれば別だ。
聞き返そうとしたが、友人がそれを遮った。

「うちの姫に馴れ馴れしくしないでくれない?」
「本当にニャアニャアうるさいね。マナちゃんは」

どうやら鞘子の見送りは済んだらしい。
勝手にカウンターの中に入ってきて何をするつもりかと思えば。
ギャンギャン噛みつく真南に城多は相変わらずにこやかだが、語尾には嫌みたっぷりに「マナちゃん」と付け足している。
此方の身を隠すようにして背を向けているため顔は見えないが、引きつった真南の顔が目に浮かぶ。

「ぶっ殺す」
「やだマナちゃん怖いー」
「減らねーその口にマドラー全部突っ込んでやろうか」

真南が如何に突っかかろうが凄もうが、ケタケタ笑っている城多。
これは…面白がっている。
自分も友人も完全に遊ばれているらしい。

「あたし……ウザすぎて気持ち悪くなってきた」

溜め息混じりの彼女の周りのオーラがどす黒く変わっていくのが目に見えるようだ。

「相手にしないほうがいいんじゃないの」
「だって!姫ちゃんに近寄るんだもんムカつくんだもん」「私は大丈夫だって」
「うん、大丈夫だって。良かったねマナちゃん」
「何が良いんだよ。調子乗んなよ」

おそらく。
この男と親しくなる日が来ることはない。

私の確信は…今後裏切られることになるのだが。
それはまだ私の知るところではなかった。


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mokuji
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