018

それから数人の一般客の応対をしたが、皆テイクアウトだったため店内の様子は相変わらずだ。

「ちょっと、何してんの」
「味見」
「嘘。何個目?ソレ」
「さあ」

「あれ?なんか今日は若い子ばっかりだね」
「あ、ちょうどいい所に。こいつ何とかしてください」

横で角砂糖を摘み食いしている城多を嗜めていると、在庫チェックの終わったらしい店長が下の倉庫から戻ってきた。
学生だらけ(というか全員三苗高校の生徒だが)の店内を見渡し、珍しそうに目を細める。

「良かったねえ城多君。随分と打ち解けたみた‥」
「目、乾いてんじゃないですか店長」
「ありがとうございます」
「何でアンタが返事するの」

ボケばかりで突っ込みが追いつかない。
店長だけなら可愛いものだが、新しく入ったバイトはそれ以上だった。
白目を向きかけた私に、追い討ちをかけるのは勿論馴染みの店長だ。

「灰葉ちゃんはナントカ喫茶でも働けそうだよね、ほら秋葉原の、」
「…」

私の視線に、彼はそこで言葉を切った。
くだらない話を向こうから断ち切ってくれて何よりだ。
黙らせる手間が省けて助かる。

「秋葉原の、何ですか?」

此方の切実な思いはようやく届いたらしい。
「おお怖」震え上がる店長を他所に、私はまたロスになったコーヒーを抽出する。
捨てなかった一杯は自分の退勤時間まで居座るつもりらしい友人に、もう一杯は店長へ。
城多はといえばこちらが気を使う必要もなく勝手にホットミルクを作って飲んでいた。
客の前で大っぴらにやっていいことではないのだが。
せめて店長のように見えないところまで移動するとかしゃがむとか隅へ行くとか、そういう気遣いを持ってほしいものだ。
冷え切った私の視線にも相変わらずの笑顔だ。

「ほんとツンデレだよね、ネズミちゃん」
「ていうかやめてくれませんか、そのネズミちゃんていうの」
「じゃあ何て呼べばいーの」
「灰葉っていう名前があります」

目の前で頬杖をついて携帯をいじる友人も含め、姫だとか呼ぶ輩もいるが勘弁してもらいたい。
気にしなければ済むのだろうが、そうもいかない。
これ以上気苦労したくないからその辺りを察してほしいものだ。

「苗字で呼んじゃうと後々呼び方変えるときむず痒くなるじゃん。だから最初から下の名前で呼んでおいたほうがいいじゃない」

如何せん私の周りは…

「そこまで仲良くなる予定ないけど」

どうもキャラの濃い人間が集まるらしい。

ため息をつき、店の外へと視線を移す。
丁度店内を覗くようにして、女性が扉の前へ立っているのが見えた。
5つ目の角砂糖に手を伸ばす城多に構うのはやめて、私は接客に集中することにする。
扉にぶら下がった鈴が小さく揺れる。
開いた扉の向こうには端正な顔立ちの女性が立っていた。

「こんにちは」

にこりと笑いかける彼女に、此方も事務的でない笑顔で口角を上げる。
ロングの白いスカートがまぶしい。

「いらっしゃいませ」

左肩の鞄をかけ直す彼女を誘導する。
そのときだった。

「サヤ先輩!」

コーヒーを啜っていた真南が突然そう叫んだ。

「へっ?」

立ち上がり、駆け出す。
見失うくらいのスピードで、気づけば彼女に飛びついていた。
予想外の出来事に何が起きたのかよくわからず、呆気に取られたまま見守るしかない。
留守番していた子犬さながら尻尾を振る友人と、それを笑顔で受け流している美人を交互に見つめた。

「しっ…知り合い?」

流石に開いた口が塞がらない。

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mokuji
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