017

「…もう…帰りたい…」

一気に緊張の糸が切れて、全身の力が抜けるのを感じた。

「えー、まだバイト始まったばかりじゃん」

すぐ隣では能天気にヘラヘラ笑っている城多。
「誰のせいだと…」小さく呟く私の肩を労う様に軽く叩くと、意地の悪い笑みを浮かべながら「俺?」ととぼけた反応を返してみせた。

(お前以外に誰がいる…っ厄介なやつら連れてきやがって)

一気に体力を消耗した私のHP(ヒットポイント)は赤ゲージ寸前だ。
これがゲームの世界なら主人公YUKIはとっくに滞在先の村だかホテルだかに強制送還されていることだろう…

いや、問題はそんなことではない。

黒と白のヘッドが二人カフェで居合わせた。
ここが学校ならそれだけで「何か」起こりそうなものだけれど。
南棟と東棟という距離ではなく同じ店内で、距離は十数メートルもない。
近すぎる距離で、只ならぬオーラが充満しているのはおそらく気のせいではない。

それでも、双方とも店内で何か起こす気はない様子が見て取れる。
唯一、目の前の友人は未だに黒滝に毛を逆立ててはいるが、それ以外に何かが始まる気配はなかった。

(この状況に怯えすぎなんだろうか。)

考えてみればいくら常識外の集団だとはいえ学外でいきなり何か始まったりはしないだろう(…といいな)。
願望に近い思いでそう整理する。
黒猫の下っ端は血気盛んな馬鹿が多いが、幹部以上の人間が学外で揉め事を起こしたことはないと聞く。

異色すぎる黒と白の境界。
その境には友人・真南。
居心地悪いだろうに、兄がいる白の集団には混ざりに行かないようだ。

SP(エスピー)も兼ねてここにいるのだと彼女は言っていた。
自分の身になにか起こらないように全神経を集中させている真南の肩は必要以上に強張っている。

「マナ、おかわりする?カフェラテにしてあげるから」
「あ…うん!ありがと」

強張って何もできなかった自分が少し悔しい。
相手は学園一の不良のトップで、それを目の前にして怯んだのは仕様のないことだ。
それはわかっている。
男だし、力で捻じ伏せられれば一環の終わりだろう。
それでなくても喧嘩などしたことのない自分がかなう相手ではないことはわかっているつもりだ。
それでも、歯がゆい。
自分で言うのもおかしいが、自分はそう弱くはないほうだと思う。

いじめられれば反撃したし、不良に絡まれても自分の身は守れたし、電車内で痴漢を撃退したことだってある。
相手が大人の男だろうと自分は気丈に振舞えていた。
不良だからといっても、少し睨まれただけでこんなに動揺させられるなんてなかったのに。

これが格の違いというやつなのだろうか。
チュッパチャップスを咥える「ナギ」が一瞬だけ此方を見て、すぐに目を逸らす。
音漏れしているヘッドフォンの音が静寂を壊していく。

「ユキ姫!おかわり!」

不意に真南が元気よく手を上げた。
厚い下唇を突き出して早く早くとせっつく姿に、つい口元が緩んでしまう。

「だから、姫はやめてって言ってるでしょ」

私は大丈夫。
にっと口角を上げ、いつもどおりを続ける。
それから、意地を張るのもやめようと思った。

仕様のない友人の好意に、少しだけ甘えることにしたのだ。
 

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mokuji
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