014

「あの〜…」

城多の閉めたドアからカップルが顔を覗かせる。
(げ!)
未だに噛みつきそうな勢いで威嚇する真南に笑顔で返しつつ、壁側へ引っ込んだ城多。

「ああ、お客さんだね。じゃ、あとはよろしくね。僕事務所戻るから」

流しやがった…!
ひらひら手を振って店の奥へと消えていくその背をギッと睨みつける。

「すみません、まだ準備中ですか?」

明らかに「取り込み中」の雰囲気に、男性客がすまなそうに聞いてくる。

「も…っ申し訳ありませんお客様、此方のカウンターでどうぞ」

入ってすぐ喧嘩でも始まりそうな彼らを見れば無理もない。
慌てて笑顔を取り繕い、貴重なお客様を店内へと誘導したのであった。



* * *



「…で、ダスターはこまめに取り替えるんだけど、…って聞いてる?」
「うん、本当真面目だね、ネズミちゃん」
「はぁ……」

私の説明は頭に入っているのかいないのか、城多騎由はニコニコと楽しそうに笑うだけだ。
だいたい、聞く気あんの?
メモ一つ取らないのはどういう了見なんだ。

だんだんイライラしてきた。


「雪姫ちゃん、コーヒーおかわり」

イライラしているのは目の前の友人も同じらしい。
四杯目のアメリカンコーヒーを強請る声は明らかに拗ねていた。

「また?…まぁ、ロスになんなくて済むからいーけど」

ぐりぐりとめり込んでくるんじゃないかというほどの視線を休みなく送り続けている彼女の目は一体どうなっているのだろう。
ずっと見られているこの状況は、初めこそ恥ずかしかったが今は大分慣れてきてむしろ「鬱陶しい」。
心配も度を過ぎるとなんとやらだ。

「俺が煎れるよ」
「っ、」

挽き終えたばかりの豆を取り出す私の手を城多が制す。
一瞬だけ触れた手。
驚いて引っ込める。
過剰な反応に相手が目を瞬かせるのが見えた。

「ヤダ!」
「即答ー?酷いなぁ」

即座に拒絶した真南に彼は苦笑しつつコーヒーメイカーを起動させる。
淀みない手つきに、少し驚く。
大して頭に入ってないんだろうという此方の心配など要らなかったようだ。

「はい、できた」
「…雪姫ちゃんのより苦い」
「あー、バレた?」

メモリ番号を間違えたのか。
ちら、と横目でマシンへ目をやる。

「苦手ならココアにすればいいのに。背伸びして、かわいーね」
「話しかけてこないで」
「ネコだねー本当」

仁瓶もない言葉に、わざとらしく肩をすくめてみせる。
真南をからかう城多は本当に楽しそうに笑っていた。

「もう、喧嘩しないでよ…」
「仲良くしてるんだよ。ね?」
「ねー姫ちゃん、あたしやっぱり納得いかないんだけどー」
「マナもいちいち騒がない。他のお客さんに迷惑でしょうが」

注ぎ口から琥珀が一滴零れ落ちる。
私が何度目かの溜め息をついたその時、来客を告げる鈴が鳴った。

「…あ。」
「いらっしゃいませ」

数人の男が店に入ってくる。
真南が小さく反応した。
その中に真生の姿を見つけて少しだけ安堵した。
まだ認めたわけではないが、全く知らない奴よりは数倍マシだ。
後から入ってきた細身の男が一瞬真南を見て目を細める。
それから、私の後ろに控えた城多へ視線を移した。

「酔狂なことだ」
「あんたもね」

呟く声に城多が低く唸る。
知り合いなのか。
微かな殺気に気圧され、私は見守ることしか出来ずにその場で動けずにいた。

「つうか、持って帰ってよ」

城多が真南を親指で指す。

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mokuji
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