011

意識が遠のいていく。

「、…き、……ゆき、…!」
「……」

友人に混じって、別の声がした。
クラスメイトのものだろうか。
あまり聞き覚えのない声だ。

けれど、どこか懐かしいような、その声。

「……だ…」

だれ。
あなたは、誰。

ふっと体が宙に浮く。
言いようのない安堵感に目を閉じた。



* * *




《ごめいれいを。ひめ》
《もういったでしょう》


雪の絨毯に覆われた土の上。
そこは白銀の世界。

黒と白の境界へ、彼は私を連れ出した。


《いいえ。
 あれはごめいれいではありませんよ》

《あたしは、1こしかいわないもの》


眩い白に反射した光で視界が遮られる。
前が見えないと不満を投げても相手は上機嫌に手を引き私を導いた。


ああ、確かにこれは私の記憶だ。

不要なもの。
とても大切で、けれど残酷な、私の宝物。
忘れなければいけない。
消さなければならない。
全て塗り替えてしまわなければ。それが出来ないならば。

深い闇も悲しみも。
白く白く、全てを真っ白に。
全て零に。欠片も残らないように。


《こまったな。
 ひめはわたしをこまらせたいらしい》


彼が優しく微笑んで、わざとらしく溜め息をつく。
かすかな吐息が宙に舞った。


《あなたがいじわるなんでしょう》


うつむいて唇を噛む。
二人分の足跡に、純白の雪は降り積もる。

私は、私はただ…


《あなたがのぞむなら、
 どんなことでも》


望むものはひとつしかない。
そのたった一つすら、叶えてはくれないくせに。


《うそつきはきらい》


小さく呟く。
声は雪に溶けてゆく。


《わがままなかただ》


私に傅いて、右手を胸に。
にっこりと笑って顔をあげるのは。

……誰。



* * *




「…」

目覚めると、そこは真っ白な世界だった。
いや「真っ白」では語弊がある。
少し黄ばんだカーテンが風に凪いでいる。
かすかな消毒液のにおい。
壁には「手洗いうがいをしましょう」とインフルエンザへの予防を促すポスター。

おそらくは保健室、だ。
校長室にすらスプレーの落書きがある三苗高に、そぐわぬほどの清潔感。


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mokuji
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