004




「あーあ。財布が逃げちゃったよ。どーすんの、キミが代わりに払ってくれんの?」

穏やかな声とは裏腹に、目は笑っていなかった。

そう来たか、身構えつつ首を振る。

「え…えーと…正直お昼代しか持ってないかなぁみたいな」
「そっちの都合なんて聞いてないんだけど?」

初対面としては明らかに度を超えた距離まで顔が近づいてくる。
顎を持ち上げられて、ごくっと息を飲み込んだ。
親指が下唇を這う。
冷たい指の感覚。
背筋に寒気が走る。
値踏みされるような視線が痛い。

それでも視線は逸らさなかった。
ネクタイの色は一年。自分と同じ学年だ。
幹部だとか言っているが下っ端に決まっている。
それに……

(…それに………あれ?)

「ねえ、あんた、どっかで会ったことある?」

ふと、私はそんな言葉を口にしていた。
単純な、それでいて間抜けな質問。
顎に添えられていた手が離れていく。
相手は目を丸くして数回瞬きを繰り返した。

「いや…」

細められたその目に、一瞬の影が差す。
その右手は彼のうなじへ。くしゃりと襟足を撫でる。
金に近い茶髪が風に凪いだ。

「初対面だろ」

聞かずともわかっている。
答えは、ノーだ。

「つうか今の状況で聞くか」

相手は大きな溜息をついた。

「だいたい、猫に逆らうとかどういう神経して、」
「ちょっと黙ってて。うーん…何なんだろ」
「いやキミがなんなんだかわかんねぇよ俺は」

ごちゃごちゃうるさい相手を黙らせ、首を捻る。
思考を巡らせ、知り合いに似た人物を捜すが思い当たる人物はいない。
絶対に初対面のはずなのに妙に引っかかる。

「うーん…」
「……」

じっと彼を観察する。
彼は居心地悪そうに目をそらした。
自分から間合いを詰めてきたくせに此方から来られるのは嫌らしい。

茶色い髪。細い眉。黒目がちの焦げ茶の瞳。薄い唇。鼻筋はすっと通っている。
少し間違えば新宿にいるお兄さんみたいになりそうな雰囲気。
特徴があるかと聞かれると言いように困る薄い顔。
肌も私より白い。あまり外に出ないのかもしれない。

「バイトとか?いや、うちのカフェにこんな頭悪そうな茶髪はいなかったな…」

必ずしも相手に危害を加える気がなかったとは言えない状況は、私の一言で一気に違うものへと変わっていった。
観察する側と、される側。

「ねぇキミ天然?つうか空気読んだほうがいいよ。今は、キミが上納金回収中に妨害してくれた件について何らかの処置をしないといけない状況なんだけど」

「……あ」

そうだった。
カツアゲだか制裁だかに遭わせられようというところで、いきなり私が中断させたのだった。
下っ端幹部だろうと相手は黒猫だ。
猫相手に意図せずともこの状況を作り出せた自分に拍手を送りたい。
のんびり観察している場合ではないことなど、すっかり忘れていた。
…てへ。



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mokuji
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