003
『姫、起きておるか?失礼する』
この声は、エスタリア様。先程、聞いたばかりだから間違いない。
「はい。起きています」
私の返事に、彼女は音もなく姿を現すとベッドの側に立つ。
私も身を起こすとエスタリア様に向き合った。
伝説として口伝される人物が、目の前にいるというのは現実感がない。夢かと一瞬思ったが、肌に触れるシーツの質感が夢ではないと伝えてくる。
『お疲れのところ、申し訳ない。姫は、レインから指輪を渡されているな。その指輪、腕輪と共に肌身離さず持っておれ』
「この指輪を…」
『その指輪は、身に付けている者の身を護るように呪いが施してある。魔術を跳ね返すくらい造作ないだろう』
金環にルビーの嵌め込まれたそれは、出発の前夜に祖母が渡してくれたものだ。「私にはもう必要ないものだから」と、手に握らせてくれたそれに、まさかそんな能力があるとは思わなかった。
「どうしてそこまで…」
結界を張るだけなのに、どうして守護獣やら結界やらを私に託すのか。
私が魔術師ではないから、という以外にも理由があるとみていい。
他の理由、それはフィスティルに事件が起こるから、なのだろう。
魔術師たちは、それを予知できたからこうして私を護ろうと動いているのだと思う。
『…今までは代々のナディール当主が結界を張り直してきたが、当主はもういない。代替の結界を作ったが、材料の関係で私の命日は魔力が途切れて、全ての結界が緩む。この機を魔族は逃さないだろう。では、相手にとって一番邪魔なのは誰ぞ?』
「私を、全力で殺しに来る。対抗するチカラのない私を、護るための、ものですか」
『いかにも。姫は魔術師ではない。姫に何かあれば、レインが悲しむ。王国の繁栄を祈るための儀式に、汚点はない方がよい』
確かに。
フィスティルに悪しきことがあれば、民は不安に揺らぐだろう。下手をすれば、全土が乱れかねない。
それでは、魔族にとって思うつぼだ。
『まぁ、私の言い付けは守ることだな。特に腕輪。宿りしはアークだろう?あやつも心配性だな』
「分かりました。…この子の事、知ってるんですか?」
クスクス笑っていた彼女は、ああ、と肯首する。
『アークは、結界を張るのが得意なんだ。ライルが昔助けた獣でな、守護獣ではないが彼の側へ常に付いておる。属性の関係で居心地も良いのだろうな』
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mokuji
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