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昼食を摂った私たちは、山を降り目的地のアルスに入っていた。

「気になられますか?」

窓から見える景色に気分の高揚が顔にも出ていたのか、エルガが微笑ましそうに私を見て、アルスの説明をしてくれた。

「アルスは、中央の神殿を中心に放射状に道が伸びています。ここは魔術師始まりの地といわれ、住人は皆、魔術師です」

行き交う者は、馬車に手を振ったり二、三言葉を交わしこちらを伺っていたりと三者三様の反応を示す。

「アルスは、街そのものが結界になっているんです。グラディアの北東の結界を担う。その要がナディール神殿」

その言葉と同時に、馬車が停止する。
エルガが、着きましたね、と扉に手をかけ先に降りていく。置いていかれないように慌てて後を追おうとすると、スッ、と白手袋をした右手が差し出された。

「お手をどうぞ。エレーナ姫」

手の持ち主は、エルガだ。ただ、姿は本来の…と言っていいのだろうか、執事の姿だった。

彼の姿がまだ見慣れないせいか、反応が一瞬遅れるがエルガは気にしていないようだったので、その手に自分の手を添える。


そうして馬車を降りれば、眼前には白亜の城が聳え、私たちを出迎える。門前に立つのは懐かしい姿。

「この度は祭司としておいでいただき、誠にありがとうございます。エレーナ王女殿下」

目の前の彼は、そう口上を述べると頭を下げる。形だけではあるのだが、年上、ましてや両親と同年代の者に頭を下げられるのは、申し訳なさすぎる。世話になるのはこちらなのだから頭を下げるのは、私たちだ。

「こちらこそ、お世話になります。叔父上様」

「…シャルト殿、少しは落ち着かれたようですね。『最凶王子』と城の者に恐れられていた頃が懐かしいです」

挑発するようなエルガの言葉に、叔父上は頭を上げると満面の笑みで口を開く。

「エルガ殿は好好爺の真似事をされていたそうですね。似合ってなさすぎて面白いです」

ピリピリとした空気が肌を刺す。
互いに顔に笑みを浮かべているが空気が重い!

心なしか二人の背後に禍々しい空気が渦巻いているのは、気のせいではないはずだ。

恐ろしすぎて冷や汗が止まらず、魔力を持つ者同士の揉め事の止め方がわからない。

だが、その考えも一瞬で吹き飛んだ。

風が通り抜けたかと思うと、すごい音を立てて門が開いた。

開いた衝撃で門の前にいた叔父上が、文字通り吹っ飛んだ。

「!?」

呆気に取られていれば、何か柔らかいものに体を包まれた。

「嗚呼、幸せですわ!いらっしゃいませ、わたくしの可愛い可愛いエレーナ!」

ぎゅっと抱きしめられ身動きがとれず、窒息しそうになったところで救いの手が差しのべられた。

「…ラディア殿、姫が窒息してしまいます」

「あら。いらっしゃいませエルガ殿。珍しい格好をしてますわね」

ラディアは、エレーナを解放すると、それに…と一瞬目を眇る。

「もしかして一戦交えてこられたのですか?お疲れ様です」

「労ってくださるのは貴女だけですよ。ですよね?シャルト殿」

あ。
ごめんなさい、叔父上。
あまりにも叔母上のインパクトが強すぎて忘れていた。

シャルトは、地面にうつ伏せていたが、右手を動かしたかと思うとサッと横に素早く振る。

地面が隆起し、礫が飛んでくるが、ラディアが風の刃で相殺した。

「…ったた、ラディア何するんだ!全く、とんだじゃじゃ馬女だな」

「わたくしのせいだと言うの?扉の前につっ立っている方が悪いでしょう」

「はぁ?いるの分かってて魔術でぶっ飛ばしたくせに!僕もラディアぶっ飛ばそう、そうしよう」

「あなたが?わたくしを?できるのかしら」

始まった口論と魔術の応酬にただただ呆然とするしかない。今の二人は絶対に私たちのことなんて、頭にないのだろう。
だって、叔父上は凶悪な顔して口調が迷子になっている。
この場で唯一止められるとすれば、エルガ殿しかいないが彼はニヤニヤしながら二人の様子を見ている。

だめだ…面白がっている。きっと、危なくなれば止めるだろうが、叔父上たちは私たちの存在を忘れていると思う、うん。

二人が気が付くか、エルガが飽きるまで待つしかないだろう、とあきらめた時。



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mokuji
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