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1,哀愁


とある大陸の北方に、その国はあった。大陸の中で最大の広さを誇るその国を、『グラディア王国』という。
周りの国よりも長い歴史と独特の文化を持ち、自然と共に歩んできた。

今、グラディアは長き冬が終わりを告げ、雪はまだあれども、新しい命が所々で顔を覗かせていた。
春の足音が着実に近づくにつれ、人々の心も明るくなるが、一部、といってもごく少数の人の気持ちは大多数のそれとは正反対だった。

グラディアの王都・エーアデルの城の北翼の一室に居を構える老婦人が、少数の中の一人。
かつては、この国の女性の最高位にいた彼女は、次代にその地位を明け渡し、夫と共に隠居生活を送っていた。
彼女は、毎年この時期になると、顔に憂いの色を浮かべ、気分が塞ぐ。
周りが何度も元気づけようとしても、彼女の様子は変わらない。理由を尋ねても、絶対に口を開かないのだ。

開け放たれた窓からは、大陸最高峰のリーガ山脈を遠くに臨み、眼下には王都の街並みが広がる。
彼女は、長椅子に座ってその景色を眺める。と言っても、その目に景色など写ってはいなかった。

「また…この時期が来てしまったのですね…貴女の逝った季節が」

彼女の目には、五十年前のあの日が鮮明に映っていた。
五十年前のあの日を知るには、グラディアの文化を知る必要がある。

グラディアは遥か昔から、自然と共存している。
何年も代を経て、人々はそこに神や精霊の存在を認め、力を借りて生活を営んできた。同時に、人々の魂を食べて力をつけてきた魔族との争いが勃発した。やがて人々の側に、自然に宿る存在を視て、その声を聞き、伝える一族が現れた。
魔術師と呼ばれる者達だ。魔術師の中でも最も有名な人物が、エスタリア・ナディールという女性である。
彼女は、魔術を駆使し、長らく続いた魔族との戦いに終止符を打ち、この世に平和をもたらしたことで英雄と讃えられている。

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mokuji
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