003
案内しながら長い廊下を進む。静まり返る空間に自分の声が響く。
「……わたしが、恐ろしいですか?」
「え…?」
その一言は、声量が小さかったにも関わらず、エレーナ様に届いたらしい。
彼女の動揺が背中越しに伝わる。振り向いたりせずとも、彼女の今の表情など手に取るように分かるため、ただ目的地に向かって歩き続けた。
「何故、と思いますか?……エレーナ様がわたしを見る度、その瞳に怯えの色が一瞬浮かんでいるのです」
エレーナは渋面になる。
隠していたのだろうが、隠しきれていなかった。
「…あの、ライル長官――」
「貴女は間違っていません。わたしに、いえ、私達に恐怖を抱くのは、ヒトとしての本能ですから」
彼女が我々に気を使う必要はない。ヒトとして生きるため必要な感情なのだから。それでも彼女は、気を遣おうとするので言葉を封じた。
足を止めて振り返る。
「王女殿下を立たせたままだなんて、陛下に怒られてしまいますね。どうぞお入り下さい」
良質の茶葉が入ったので、お茶にしましょうか、と空気を変えるように笑顔で部屋へと招き入れた。
執務室の中は、紅茶の匂いが広がっていた。
黒革のソファーにエレーナを招くと、ライルは紅茶を差し出す。
「美味しそう…」
「遠慮せず召し上がって下さい」
彼女を落ち着かせる。エレーナ様は現王の末子であるせいか、あまり身分というものを重要視していない。
「…さて、では話を致しましょうか。先程の話も含め、エレーナ様には我ら魔術師のことを知る義務がございます」
今日こちらに招いたのは、彼女を見極める為だ。
確かに彼女は魔力は持っているが、魔術に関しては赤子同然だ。魔術を扱うには、魔術師に弟子入りして修行を積まなければ使えない。
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mokuji
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