002
原因であろう笑みは、己の窮地であったとしても絶やさぬように努めている。
生前、あの方が言っていた「魔術師は考えを読ませるな」という教示を今も守っているだけなのだが、この笑顔が恐怖を誘うならば狙い通りと言ったところだ。
実力主義の魔術庁において五十年もの間、頭の地位に君臨し続けたのは、遠い昔に交わした約束があるが故だった。
(『私が見れぬレインや魔術師たちのゆく末を、代わりに見届けてくれるか』)
死に逝く彼女がライルに託した最初で最後の願い。
ただ一度の口約束に過ぎないそれは一方的なものであったが、今も自分の中で最優先であることに変わりない。
案内しながら長い廊下を進む。静まり返る空間に自分の声が響く。
「……わたしが、恐ろしいですか?」
「え…?」
その一言は、声量が小さかったにも関わらず、エレーナ様に届いたらしい。
彼女の動揺が背中越しに伝わる。振り向いたりせずとも、彼女の今の表情など手に取るように分かるため、ただ目的地に向かって歩き続けた。
「何故、と思いますか?……エレーナ様がわたしを見る度、その瞳に怯えの色が一瞬浮かんでいるのです」
エレーナは渋面になる。隠していたのだろうが、隠しきれていなかった。
19/33*prev next
mokuji
しおりを挟む