7,天命2

エルガと国王が会った数時間後。第4王女エレーナは、ライルに面会するため魔術庁を訪れていた。

魔術庁に出向くのは、祭司に選ばれた日以来だった。

(あの時は驚いたわ…まさかエスタリア様と血が繋がっているなんて思わなかった)

あの日初めて知った、祖母の懺悔。
今も、その名を轟かす彼女との繋がり。

知った時は、あまりの衝撃に呆然となったが、それよりも嬉しい気持ちが強かったことを憶えている。



エレーナは、魔術庁の門を見上げる。

門番が居らずとも、招かれざる者を絶対に侵入させることのない門は、固く閉ざされたままだ。

鍵は確か―――。

門扉に手を置いた瞬間、重たい音を立てて開いた。

「!!」

エレーナは、手を置いた格好で目を見開き、固まる。
鍵となる詠唱もしていないし、魔力の扱い方だって知らない。
ただ、前に見たのを真似てみただけだったにもかかわらず、門が開いた。

「…ようこそ魔術庁へ。お迎えが遅れて申し訳ありません」

門の向こう側からの声に、はっと我に返る。

反対側に立っているのは、あの日以来会っていなかった、今回の尋ね人。

「ライル長官…」

名を呼ばれ、微笑を浮かべている顔には皺が深く刻まれている。

エレーナが幼少の頃から、彼に対する印象は変わらない。

恐怖。
この一言に尽きる。

己の窮地であろうと絶やさぬその笑みは、こちらからすれば全く考えが読めない。

何より、実力主義の魔術庁において五十年もの間、頭の地位に君臨し続けるその力は、底知れないものがある。

案内され、長い廊下を進んでいると、ライルが小さな声で聞いた。

「……わたしが、恐ろしいですか?」

「え…?」

その一言は、辺りが静まり返っていたせいか、声量が小さかったのにも関わらずエレーナに届いた。

心が読まれたかと、心臓が跳ねたが、先を行く彼は振り向かず目的地に向かって歩き続けている。

「何故、と思いますか?……エレーナ様がわたしを見る度、その瞳に怯えの色が一瞬浮かんでいるのです」

見抜かれていた…!!
エレーナは渋面になる。


「…あの、ライル長官――」
「貴女は間違っていません。わたしに、いえ、私達に恐怖を抱くのは、ヒトとしての本能ですから」

気を悪くしたかと、弁明のため口を開けば遮られ、逆に肯定されてしまった。

いつの間にか、彼は足を止めて此方を振り返っていた。

そのことに気が付き、周囲を見渡せば此所が彼の執務室の前だと確認できる。

「王女殿下を立たせたままだなんて、陛下に怒られてしまいますね。どうぞお入り下さい」

良質の茶葉が入ったので、お茶にしましょうか、とライルは人好きする顔で部屋へと招き入れた。




執務室の中は、紅茶の匂いが広がっていた。

黒革のソファーに腰掛けると、ライルは紅茶を差し出す。

「美味しそう…」

「遠慮せず召し上がって下さい」

紅茶の匂いは、緊張と困惑がない交ぜになっていた気持ちを落ち着かせた。

「…さて、では話を致しましょうか。先程の話も含め、エレーナ様には我ら魔術師のことを知る義務がございます」


今日こちらに来たのは、彼に師事を乞う為だ。
エスタリアが残した結界を更新し、王族の健康と国の安寧を祈願するのに魔術が必要なのは、誰に言われずとも分かりきった事だった。

確かに自分は魔力は持っているが、魔術に関しては赤子同然だ。だが、選ばれた以上、祭りを成功させる責務がある。


「魔術師を知ることは、貴女にとって辛いことかもしれません。覚悟はおありですか?」

ライルは一人の魔術師として彼女に向き合う。

……覚悟は、祭司に選ばれた時に決めている。

彼の瞳を正面から見据える。エレーナの瞳に何を思ったのか、ライルはさらに顔に皺を刻む。

ライルが語るは、伝承の裏側。魔術師たちにしか口伝されて来なかった『真実』だった。

「本来、魔術師というのは星を読んで未来を知り、雲の流れに天候を垣間見るといった自然の力を読み解く一族なのです」

そもそも、魔術師がいつ誕生したのか定かではない。ただ、少なくとも千五百年以上前には存在が確認されている。

「アルスにしかいなかった魔術師を大陸中に広めたのが、初代ナディール家当主、レティシア」

伝承の中のレティシアは、幼なじみと勇者と共に大陸を旅して、最後に魔王を封じ、破滅の予言をした、と伝わるのみ。

偉大な功績を遺したにもかかわらず、資料の少なさから、レティシアは架空の人物なのではないかと議論する者もいる。

「彼女に関しては、我々魔術師の間でひっそりと口伝されてきました。ですが…」

ライルは、一度言葉を切る。彼にしては珍しく歯痒い表情を浮かべている。
理由はすぐに判明した。

「我らの資料をもってしても情報が少なすぎるのです。彼女の墓も見つかっていませんし、確実なのは容姿と守護獣の二点についてです」

ライルはそう言うと、代々の長官の肖像画が掛かる壁に歩いて行く。

「姫様は、レティシア様の容姿はご存知ですか」

「いいえ。ナディール神殿には、彼女の壁画があると、お祖母様に聞いたことはありますが」

エレーナの言葉を受けて、ライルは左手で暗幕を押し上げた。
そこにあったのは―――。

「え…エスタリア様!?」

エレーナは己の目を疑った。

そこに現れたるは、金髪紫眼の妙齢の女性。髪型は違えど宿す色彩はエスタリアと見間違えるほどに一緒だったのだ。

「彼女が、レティシア様です。姫様が驚くのも無理はありません。わたしも同じでした」

「…長い時を経ても、ここまで似るものなのですね」
ライルはエレーナに向き合うと、普段見慣れている笑みを浮かべる。

「エスタリア様は、先祖返りだったんです。この容姿も、守護獣が龍だったのも二人しかいません」

創造神と魔術師、両方の血を引いていたレティシアは、強大な魔力と父である創造神の力を一つ受け継いでいた。

その力を使い、魔王と三日三晩の死闘を繰り広げたと魔術師の間では伝わっている。

「エスタリア様も同様の力を行使して魔王を滅しています。まるで、鏡のようだと思いませんか」

確かに、自分もそう思った。二人は同じ容姿、チカラ、守護獣に至るまで、示し合わせたかのように似通う。

彼女――エスタリアの存在は、グラディアの民にとって希望だったと、祖母は語った。
その時の祖母の表情は、哀しみに満ちていたのを覚えている。

「…初代が、何故旅に出たかは定かではありませんが、エスタリア様と似ているのであれば『迫害』を受けていたから、なのかもしれません」

「迫害……?」

初耳だ。
というか、信じがたい。

亡き後も民から英雄だと称えられ、語り継がれるエスタリアが迫害されていた…?

「ええ。ヒトは、目に見えないものや強いチカラを畏れるものです。それは生き抜くための本能」

確かにそうだ。

自然災害やヒトでは説明できない事象は神や精霊の怒りとして畏怖し、祀りあげる。

だが、それが目に見える――実体を持つものだったならばどうか。

畏怖は迫害という形を成して現れた。

「我ら一族は、長い歴史の中で迫害を受け、幾多の血を流しました。ヒトからすれば魔族も魔術師も、さほど変わり無いのでしょうね。ですから、魔術師は皆、ヒトが嫌いなのです」

「……」

彼は穏やかな表情で語っているが、その裏にはヒトに対する敵意が滲んでいる。
言葉が出なかった。

魔術師の間で口伝されてきた真実は、残酷だった。


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