001
エスタリア・フィスティルまで二週間。
これからが本格的に忙しくなる時期だ。
アルトは政務に忙殺される毎日を送っていた。
エスタリアに会ったその日に、ライルには勅命を出してあった。
その数日後には、対策を立てたのだろう、魔術庁の役人が疲れ果てているのを随所で見かけた。
しかし一方で、戦う為の重要な鍵となるもう一人には会えていなかった。
王宮相談役のエルガ。
エスタリアが認める実力を持つ老人は、姿をくらませていたり音もなく現れたりなため、面会の約束を取り付けるのが困難だった。
(ライル長官に手伝ってもらわなければ、約束は交わせてなかっただろうな…)
その時のことを思い出し、遠い目をしているアルトは、エルガを執務室で待っている所だった。
(伯母上の言うように、彼は本当に魔族を倒せるのだろうか…)
外見に騙されてはいけないと、エスタリアは言っていた。けれど不安は残る。
とりとめもなく考えていると、小さく扉をノックする音が響いた。
「どうぞ」
「失礼致します陛下」
入ってきたのは、己の背丈の半分しかない、小柄な老人。
王宮相談役のエルガその人だ。身体を折り曲げて、エルガは礼の形を取る。
「御前に参上いたしました。遅れて申し訳ございません」
「こちらこそ、急ですまない」
椅子に座るように促して、アルトはエルガの向かいに腰を落ち着けた。
「……陛下。お話とはなんでございますか」
「単刀直入に言う。貴殿に魔族を倒して欲しい」
唐突すぎるのは分かっている。
エルガも最初は呆けたような表情をしていたが、話の重大さが分かったのか、真面目な表情へ切り替わった。
「魔族…ですか?……申し訳ありませんが、この爺にそのような能力はございません。力添えしたいのですが…」
エルガは、少し俯いて申し訳なさそうに言った。
やはり。
幾ら昔は強かったと言えど、老いには勝てないか。
「そうか、そ『だから、騙されてはいけないと言ったであろう?』」
エルガを魔族への対抗馬とするのを諦めようと口を開いた時、第三者の声が割って入った。
その第三者の声に、顔を上げてエルガが大きく反応した。
まさか、と彼が黄緑色の瞳を見開く。
エルガにとって、五十年振りとなる声が響いた。
懐かしい声。聞きたくとも二度と聞くことが叶わぬ声音。
『相変わらず、ひねくれておるのだなエルガ』
アルトは、エルガが窓際へ目を向けているのに気付くと、彼に倣うようにして目線を窓際へ投げた。
そこには、足を組んで窓枠に腰掛けているエスタリアが二人を見つめていた。
「エスタリア様…!!」
「伯母上!!」
二人の声を受けて、彼女はイタズラが成功した子供のように、ニヤリと笑った。
エルガは、目にも止まらぬ速さで彼女の側まで行くと、足元へひざまづく。
「…お久し振りでございます。我が主」
『……エルガ、その姿は何だ。しわくちゃになりおって、もしや気に入っているのか?』
「まさか。これは単なる目眩ましに過ぎませんよ」
若い声が響くと、瞬きの間にエルガの姿は変わっていた。
黄緑色の真っ直ぐな髪と瞳。
180センチ近くあるアルトと同じくらいの身長。
見慣れた王宮相談役の姿は一瞬にして消え、現れたのは美青年だった。
「この私があの姿を気に入っている訳ないでしょう」
『そうか?年相応だと思うがな』
エスタリアが茶化せば、エルガは青ざめた。
「止めてくださいよ。誰よりも美しいこの私が、あんなヨボヨボなんて想像するだけでおぞましい!!」
『…………』
エルガの口から出た言葉に唖然とする。
己を、『誰よりも美しい』と自画自賛した者を生まれて初めて見た。
戯れかと思えば、彼は至極真面目な顔をしていた。
エスタリアも誰が見ても分かるくらいに半眼になっている。
ここは、どう対処したら良いのか。
考えて出した答えは、"触れないこと"だった。
「……伯母上、騙されてはいけないと言っていましたね」
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mokuji
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