003
グレイルは、当時を思い出す。
あの時、グレイルは2階の執務室にいて、休憩中。
ふと、外を見れば息子が逆さまに落ちていく所が目に入った。
慌てたのは言うまでもないが、テラスへ駆け寄って見た光景は、一瞬の出来事だったであろうが、グレイルにはスローモーションのように見えた。
庭師や、女官の悲鳴が響く。レインの泣き叫ぶ声もする。
もうだめだと誰もが思った。
その時。
どこからか、嵐の時のような暴風が吹いた。
暴風は唸りをあげてアルトに向かって行く。
まるで意思があるかのように。
やがて、アルトを包んで地面へ降ろすと、風は四方へと霧散していった。
「あの事件の後、暴風のごとき風は、ディオーナの風だとレインは言った。そこに少しお姉様の魔力もあった、と」
ディオーナは、風の女神。穏やかな風も、荒々しい風も全て彼女が司る。
グレイルには、その姿が視えなかったが、レインには視えていたらしい。
暴風を纏って、風龍が駆ける姿を。
「ディオーナを召喚したのは、貴女だろう?ライルは地方へ出向いていたし、他の魔術師があの短時間で龍を喚べるとは思わない」
何より、レインが言ったのだ。魔術師の長の家系である彼女が。
「真実はどうなのですか?伯母上」
エスタリアに問うアルトの、その眼差しが若き頃のレインと重なる。
その瞳に勝てる自信が、今も昔も、エスタリアにはなかった。
観念したように溜め息をつく。
『………確かに喚んだ。私が動いたのは、レインが願ったからだ。それ以外に理由は無い』
妹のためとはいえ、エスタリアが魔術を発動させたから、アルトは今、生きている。
アルトは、命の恩人であるエスタリアに礼を言おうと口を開こうとしたが、一瞬早くエスタリアが遮る。
『礼は言うなよ?聞き飽きたからな。…この事件で分かったのは、一番恐ろしいのは、魔族ではない。ヒトなのだ。それに比べれば、今からもたらす情報など、些細なことだ』
エスタリアが、三人に目線を投げると、再びこの空間に緊張が走る。
『動いたぞ。《奴》が』
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mokuji
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