002

『お待ちしておりましたわ。わたくし、数日前からとても楽しみにしてましたのよ?』

そう言って微笑む人は、棺の上に腰掛けていた。

この人が――。

死してなお、最強の名を欲しいままにしている女性。

「エスタリア。その口調、やめてくれないか。あなたらしくもない」

父――グレイルが眉根を寄せて、エスタリアをじっ、と見た。

対するエスタリアは、気を悪くした様子もなく、再び口を開いた。

『なんだ、つまらぬ。もっと乗っかってくるかと思ったんだがな。まぁ、気色悪いのは自分も分かってた』
アルトは、衝撃で一瞬固まる。

容姿に似合わず、男勝りな口調で話す様は、想像とはかなりかけ離れていた。

『…今年は、第四王女に決まったようだ』

「!!」

エスタリアのもたらした一報に、アルトは、愕然としていた気持ちを元に戻された。

ひやりと、背筋に悪寒が走る。

エレーナが産まれた日に、母が言った。伯母に似ていると。

自分にもわかった。魔術師の血が伝えたのは、吉報ではない。

エレーナが、誰よりも魔術師の血を濃く引いている事。
遠い未来に、魔術師としての人生を歩むかもしれないという可能性を告げた。

その始まりが、今なのだろうか。

『現王陛下は、不満か?エレーナが祭司に選ばれたことが』

エスタリアが、紫色の瞳でアルトを見上げる。

その何もかもを見透かしそうな瞳に、アルトは、彼女に隠し事は無理だと悟った。

「…不満というか、不安です。今までは魔術師が選ばれて来ましたが、彼女は魔術師ではありませんから。あと、彼女が魔術師の道を選んだら、大丈夫だろうか、と」

『陛下の気持ちは分かる。親ならば、子供を危険な目に遭わせたくないと思うのは当たり前だ』

エスタリアは、甥っ子を優しい瞳で見つめる。
王としての顔と、親としての顔をしっかりと持っている。

父親そっくりだ。

『グレイル、そなた幸せ者だな。毎年、来る度に話していた子供達は、立派な大人になったではないか。……一回だけただひたすら礼を言われたことはあったがな』

年に一回、此処へ来る度に、親馬鹿かと思うくらいに子供の話しかしなかった。
当時、子育てに関して戸惑うことが多く苦労もあったが、親の心配を余所に子供達は順調に成長し、次代へと命の営みを繋いでいる。
「そうだね。我らの幸せがあるのは、貴女の決意があったからだよ。命を落としてもなお、アルトを守ってもらったことは感謝してもしきれない」

貴女はアルトを守ったことを認めようとはしないけれど、とグレイルは続けた。
父の口から自分の名前が出たアルトは、話が見えずに困惑の表情を浮かべた。

「父上、どういうことですか?身に覚えがありません。伯母上にお会いしたのも、今日が初めてですし」

すると、グレイルは昔を懐かしむように口を開いた。

「覚えていないのも無理はない。まだ物心つく前だからね。………昔、アルトが三階のバルコニーから落ちたことがあったんだよ」

それは、目に見えざるモノの仕業ではなく、娘を妃にしようと企んだ大臣の、息のかかった者による犯行だった。

グレイルの話は、アルトだけでなく、シャルトの背筋をも凍らせた。

あの高さから落ちれば、即死は免れない。



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mokuji
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