002

森の奥から、何か聞こえてくる。
聞き覚えのある静かな音色は恐らくオルゴールだろう。
本来ならかまっている場合ではない。
教会へ急がなくては、という焦りはあった。
けれど「それ」への好奇心に負け、つい体が疼く。
一体あのオルゴールはどこから聞こえてくるのか。
確かめようと、彼はじっと耳を傾けた。


「こもり…うた?」


幼心に覚えている。
少しでも母親の代わりをしてやろうと、父が歌ってくれたあの唄。
お世辞にも父の歌唱力は良いほうではなかった。
旋律は滅茶苦茶、聴くに耐えない。
けれど文句を言っているうちに眠ってしまっていたように思う。

あの大きな背に背負われて、悲しみも寂しさも全て包み込んでくれた子守唄。
その旋律は優しく、緊張で強張った心を解いてくれる魔法の音色だった。


(Ninna Nanna..)


歌詞は思い出せない。
少年は旋律だけ口ずさむ。


ぐっと唾を飲み込み、視界を遮る草木を掻き分けた。
このまま突き進めば湖が見えてくるはずだ。
音は確かに、その方角から聞こえてきていた。



夜の森は危険だ。
子供一人でうろうろしていい筈はない。
慣れてはいても、本当は木陰で目を光らせる木菟も姿を隠して此方を窺う獣の気配も怖くないわけがなかった。
それでも、音色のほうへ向かわずにいられない。

何となく、いや、そうではない。
その音に呼ばれているような、そんな気がしていたのだ。
根拠などない。けれどそれは確信に近かった。


(Ninna Nanna ..)


ああ、あの唄。
懐かしい。

名前はなんだった?


父の体温。
確かな温もり。
優しく髪を撫でる、まめのできた大きな手。

目を閉じて、また開く。


「ああ、そうだ」


思い出した。



「ニンナ・ナンナだ」



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mokuji
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