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▼ 第四十六章




「あるじさまに、演練参加の命令が下されました」

聞こえてきたこんのすけの言葉にぴたりと桜花の手が止まる。

「…参加は控えるようにと言われたように思いますが」
「はい。ですが、あるじさまの采配は目を見張るものがあります。比較的後れを取っている審神者の為、良い刺激になると上層部は考えました」
「……」

深い息を吐き出しながら桜花は筆をそこに置き、こんのすけに向き直った。

「わかりました。命令というのであれば、従いましょう」
「ありがとうございます」

ゆらりと尾を揺らしたが、こんのすけは表情を変えることはなかった。




「では、部隊編成はこのように」
「……わかった」

近侍である山姥切は桜花から渡された書状を手に立ち上がった。
しかしその足は部屋を出る前にそこで止まり、くるりと桜花に振り返る。
気付いた桜花が彼に視線を向ければ、同時に山姥切が口を開いた。

「行くのか…?」

聞かれると思っていた桜花は少しだけ笑い、それから浅く頷いた。

「はい。命令ですので」
「……あんたがそう言うのなら、俺は構わない…」

ぐっと布を深く被り直し、今度は振り返ることなく山姥切は桜花の部屋を後にした。
随分と優しい近侍を見送り、桜花は自らも準備をすべく静かに立ち上がった。




「隊長は加州に、近侍である山姥切も部隊に加わるようお願いします」

目の前に揃った六振りそれぞれの顔を見渡しそう告げる。
先頭に立つ加州が少しだけ嬉しそうにしているのを見て、桜花もまた小さく笑った。
演練と聞いて渋い顔をする者達もいたが、桜花は特に何も言うこともせずただ六振りを従えて会場に向かおうとしていた。

「主、大丈夫なのかな…」

向かう途中でぽつりと大和守が呟いた。
それが以前の演練での出来事を示していることは他の刀剣達もわかっていた。

「だいじょうぶです。もしなにかあったら、ぼくたちがきってしまえばいいんです!」
「今剣の言う通り。ぬしさまに仇なすものはこの小狐が斬り捨ててやりましょう」

ばっと手を挙げて言い放った今剣に小狐丸が笑ってそう続いた。

「三条の人達は怖いなぁ」

肩を竦めてそう呟いた鯰尾もまた、言葉とは裏腹に笑顔のままからりとそう言った。
そんな彼らの言葉を聞きながら、加州は先を歩く桜花の背をじっと見つめていた。

賑わう演練会場の片隅で自分達の番を待っていた桜花は、時折向けられる視線が気にならないはずもなかった。
件の審神者達とは時間を同じくしないようこんのすけは計らってくれると言っていたから、この視線はその類の審神者ではない。
ともなれば、と桜花は困ったように息を吐いて隣に立つ刀剣男士を見上げた。
彼も気付いたようでにこりと笑って桜花を見下ろした。

「なんでしょう、ぬしさま」
「…いえ、なんでもありません」

原因は恐らくこの小狐丸だろう。
彼は俗に言う“珍しい刀剣”の一振りだ。
この場にいるのがこんのすけの言う通り遅れのある審神者ばかりなのであれば、小狐丸の存在が気になるのも道理だと思える。

「主、俺水でも貰ってくるよ」

気を利かせたのか、加州がそう名乗り出た。

「ありがとう」

好意を素直に受け取れば、加州はまた嬉しそうに笑って駆け足でその場から離れて行く。
上機嫌な加州が少しだけ心配で、同じくそう思っていたであろう大和守に視線を向けた。

「大和守、着いて行ってくれませんか」
「うん」

途端にぱぁっと表情を明るくして加州を追う大和守に、桜花はあまり意味が無かったかと笑ってしまった。



幾つかの部隊と対戦を済ませ、その内の何人かの審神者に声をかけられた。
部隊編成は、采配はとたどたどしく質問を重ねる彼らに一つずつ丁寧に答え、桜花は自分も随分と先輩らしくなったなと思っていた。
そんな最中でのことだった。

「相手が棄権、ですか…」

休憩の合間にこんのすけに告げられたのは、演練相手が直前に棄権を申し出てきたという内容だった。

「はい。もちろん報酬は主さまが勝利という形でお渡し致しますのでご安心ください」
「いえ、それは構わないのですが…相手方に何かあったのですか」
「……」

珍しくこんのすけが言葉を詰まらせた。
すると近くでにこやかに立って控えていた小狐丸がすっと目を細めた。

「おや、その相手とはあちらの娘ではありませんか」
「え?」

会場の隅で顔色悪くうつむく女性の姿が桜花にも見えた。
しかしこの混雑する会場内でよく見つけたな、と桜花が思っていると察したかのように小狐丸は続けた。

「すぐにわかりますよ。刀剣が一振りもあの娘の近くにおりません故」
「まさか、そんなはずは…」

桜花は視線を彼女の周囲に向けた。
しかし彼の言う通り、女性の周囲には彼女の刀剣と思しき姿は一つもなかった。
その瞬間、桜花の脳裏にある光景が過ぎった。

(もしかして…)

一期と薬研を連れて町に出たあの日、思い返してみれば塞ぎ込む様にして立つその表情は今と同じく幾らか青くて。

「っ」

その時の女性とそこに立つ彼女の姿が同一であると気付いた瞬間、桜花は駆け出していた。

(あの様子、ただごとじゃない…!)

夢中で足を進めていたが、途中でくいっと後ろに手を引かれた。
自然と足が止まり振り返れば、小狐丸がそこにいた。

「いけませんよ、ぬしさま。お一人で行かれては危険です」
「っですが…」
「我らは、本丸に残してきた連中に釘を刺されておりまする。―――ぬしさまから、目を離さぬようにと」

すっと小狐丸の瞳が細められる。
そこで桜花は落ち着きを取り戻した。
気付いた小狐丸はいつものようににこりと桜花に笑顔を向け、掴んでいた手を離した。

「痛くはございませんでしたか」
「ええ…すみません。気を付けます」
「ではぬしさま、参りましょう。この小狐丸が供を致します」

今度はすっと手を差し出し、小狐丸は女性の方へと桜花を促した。

女性は震えながらそこに立っていて、桜花は今度は驚かせないようにと静かに彼女の視界に入った。

「こんにちは」
「っ」

顔を上げた女性のその顔はやはり青くて、桜花は微笑みながら更に女性に近寄った。

「私を覚えていますか」
「え、ぇと…」
「以前、町でお会いしました審神者です」

女性は視線をさまよわせながら記憶を辿っている様子だった。
それからぱっとまた桜花に視線を向けた。
その顔は先程よりも落ち着いているように見えた。

「あの、ときの…」
「はい。…今日も、刀剣男士は連れていないのですか」

声音を落としてそう尋ねれば、女性はやはり目を伏せて僅かに頷いた。
やはり理由があるのだろう、桜花はそう思って女性を会場の休憩所へと促した。



加州と大和守が揃って何かを言いたそうにこちらを見ている。
しかしそれには応えず、桜花はただ女性の隣で彼女が話してくれるのを待っていた。
やがて目の前に置かれた茶器から湯気が消える頃、彼女は小さく口を開いた。

「私は…私の刀剣男士達に…とても疎まれています」

ぎゅ、と彼女の膝の上に置かれた手に力が入った。
桜花はそれを見つめながら静かに言葉の続きを待った。

「私がいけなかったんです…。私が、私が…あの子を…っ」

ぽたぽたと彼女の瞳から大粒の涙が零れ、桜花が持っていた手巾を手渡そうとしたときだった。

「あの子達を、折ってしまったから……!!」

ぴたりと桜花の手が止まり、視界に立っていた加州と大和守が大きく目を見開いた。
途端に彼女が泣き崩れてしまい、桜花はそっとその肩を抱いてやった。
そこから話を聞ける状態ではなくなってしまい、桜花は彼女とその場で別れることになった。

(つまり、刀剣を折ってしまった経験があり…そのせいで他の刀剣男士達に疎まれていると…)

だからと言って、町に出るときの供や刀剣としての役割の一旦でもある演練にすら姿を見せないなんてことがあるのだろうか。
少なくとも、桜花と違い彼女の刀剣達は彼女が顕現させているはず。
ならば彼女達には桜花にはわからない何かがあるのだろう。

「…よし!」

桜花が力強く頷くと、隣にいた見知らぬ新人審神者がびくっと肩を震わせていた。



帰り際、桜花はこんのすけに向き合っていた。

「彼女の本丸に行く許可を、政府に取ってきてもらえますか」

驚いた様子を見せたのは桜花の刀剣達だった。

「できません」

しかし桜花のそんな言葉を予測していたかのようにこんのすけはそう即答していた。

「俺も反対だ」

そして付け加えるようにそう言ったのは山姥切だった。

「山姥切さんがはっきり物言うところ初めて見ました」

と鯰尾が茶化していたが、山姥切は意に介さずただ桜花を見据えていた。

「他の審神者の刀剣に会うことになる。それを、俺達が快く思うと思っているのか」
「ぬしさまに危険が及ぶ可能性があるということ。それをこやつは言いたいのです」

わかっていただけますね、と小狐丸もまた続いた。
桜花の隣に立つ今剣は黙ったまま桜花を見上げていた。
しかし桜花も引かなかった。

「此度の演練では『比較的後れを取っている審神者』がいると、そう言ったのはこんのすけでしたね。そんな審神者達に早く一人前になってもらわないと困るのは政府の方ではありませんか」
「はい。おっしゃる通りです。ですが、本丸間の移動は原則禁止とも申し上げてあります」
「成程、では私が政府に有無を言わせないような審神者になればいいのですね」

そうじゃないと思う、と呟いた大和守の言葉は聞こえないふりをし、桜花は踵を返した。
もうすぐ大阪城の地下への道が開く予定だと噂で聞いたことを思い出していた。






―――続

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