▼ 第四十五章





雪が降っているとはいえ、町はそれなりに賑わいを見せていた。

少しばかり緊張を残す桜花の横で鶴丸は目を見張っていた。

「おお、こいつは驚いた。これだけいれば、俺もどこかにいるかもしれないな」

審神者に刀剣男士ばかりの通りを前にして鶴丸は桜花を和ませようとそう言って笑う。
そんな優しい彼が隣にいることが、とても心強い。

「何か食べますか」
「そう言えばそろそろ昼時か…」

外で食べるのか、と嬉しそうに笑う鶴丸は少しだけ子どもっぽく思えた。
どこか食事処にでもと桜花が視線を周囲に巡らせたときだった。
ふと視界に見たことのない刀剣男士がいて、桜花は自然とそちらを注視した。

「あれは…」

これはまた美しいな、と桜花が思っていると隣にいた鶴丸もまたそちらに視線を向けていた。

「あれは演練でも中々お目にかかれない刀だな」
「そうなのですか?」
「天下五剣のうちの一振りだ」

桜花はぱちりと瞬いて、その刀剣男士を見た。
華奢な見た目とは裏腹にその背からは神々しい力が溢れ出ていた。

「そうですか、では三日月と同じ…」
「爺だなぁ」
「そういうことではなく」

他人のことを言えるのか、と桜花は思ったが口には出さずまた店探しに戻ることにした。



温かい蕎麦で空腹を満たし、今度は嬉々として先を歩く鶴丸を追いながら桜花は道に並ぶ露店に目を向けていた。
本丸で待つ彼らの土産は以前よりもずっと数が必要になった。

(刀剣達が増えたことを喜ぶべきなのか…、それとも…そうせざるを得なくなったこの戦いに憂いを覚えるべきなのか…)

愛おしいものが増えれば増えるほど、この戦いでそれを失ったときが怖いように思えた。
ふる、と首を振って考えるのを止めたときふと鶴丸が足を止めた。

「さて、どうしたものか…」

そんな呟きが聞こえたと思い顔を上げると、鶴丸の少し先でこちらを見ている人物がいることに気が付いた。
彼はその赤い瞳で真っ直ぐにこちらを見据えており、その様子から鶴丸と自分を足止めしていることが窺えた。

(なぜ加州清光が…?)

もちろん桜花の加州ではないことはよくわかっていたが、でも彼はなぜ足を止めさせたのだろうか。
桜花が困ったように首を傾げたときだった。

「紅華サン」

ふとこちらでの名前を呼ばれ、桜花は目を見張った。
その名前を知っている加州は一振りしか知らない。

(あの方の…!!)

友人、と思っていた審神者の彼の加州だった。
思わずぎゅっと被衣を握った。
桜花の様子を覚った鶴丸が、一歩下がると桜花の前に立った。

「この加州は知る仲かい」

ぼそりと桜花に聞こえるように彼は問いかけてきた。
その問いに桜花が答えるより早く、加州が口を開いた。

「安心して。今この場に主はいないよ。けど、向こうの茶屋にいるから呼べばすぐにここに駆けつけられる」

姿勢良くその場に立つ加州の視線は桜花一人に注がれていた。

「…聞いたよ。あの日のこと」
「!」
「実は俺、あんたがヒトでないことはわかってたんだ。会ったあの時に」

だから今更驚かなかったけど、と加州は続けた。
言われるであろう内容を想像しごくりと桜花が固唾を飲み込む。
しかし、加州は予想を反して思いも寄らぬ言葉を口にした。

「主に会って、とは言わないよ。それはあんたの自由だから」

その言葉には桜花も、そして鶴丸も目を見張った。

「けど、そんなあんたに一つだけ」

加州は声を落とした。

「ヒトからしてみれば、あんたはきっと化け物と…そう言われるのかもしれない。でも俺たち刀剣からしてみたらあんたの存在は―――」
「加州。」

その場に無かった声に、加州が瞬時に口を閉ざした。
加州の言葉に夢中になっていた桜花も我に返ってそちらを見れば、加州の後ろから覚えのある刀剣が歩んできた。
くるりと振り返った加州がため息混じりに彼を呼んだ。

「何、長谷部」
「主が心配している。許可無く遠くに行くな」

初めて彼に会った日、連れていた近侍である刀剣だった。
長谷部と呼ばれた彼はちらりと桜花に視線を向けたが、すぐにそれは加州に戻された。

「はいはい。今戻るよ。そう言う長谷部も主から離れていいわけ?」
「いいわけないだろう。早くしろ」

少しだけ表情を険しくさせた長谷部が加州を急かす。
仕方なさげに息を吐き、加州は片手を挙げて桜花に向き直った。

「じゃあまたね、紅華サン。あんたが主に会いに来てくれるんならまた会えるし、またねでいいよね」
「待ってください、加州清光…!」
「大丈夫、主にあんたに会ったことは言わないから」

長谷部もね、と加州がちらりと長谷部を見上げる。
彼は無表情のまま何も言わず来た道を引き返し、いつだったかと同じようにひらひらと手を振りながら加州もそれに続いた。

「あの、今貴方が言おうとしていたのは…!?」

桜花がその背に向かってそう声をかけたとき、加州は一度振り返って笑った。
それがどういう意味なのか、桜花に知る術はなく。

「…行ってしまったな」

ただ傍観していた鶴丸のそんな呟きが耳に残っていた。



餡子の菓子を大量に購入し、桜花は鶴丸を連れて本丸へと戻っていた。
わらわらと集まってきた短刀達に土産があると伝えれば大層喜んでくれていた。
そんな嬉しそうな彼らを前にしても、桜花の脳裏を占めているのは加州のあの言葉。

『俺たち刀剣からしてみたらあんたの存在は―――』

続く言葉は一体何なのか。
確かに、自分が鬼であったとしても彼ら刀剣には関係のない話だろうが。

(でも、きっとそういう意味ではないような…)

何となくそう思った。
そんなことを考えながらだらだら着替えをしていたら、部屋の外から声がかかった。

「主、帰ったか」
「三日月」

部屋の前で彼が待っているとわかり、桜花は手早く着替えを済ませて襖を開けた。
すぐそこにはやはり美しく笑う三日月が立っていて、桜花は困ったように息を吐いた。
本当に彼はよくここに来るのだ。

(いつだったか嫌ではないのかと聞いたことがあった…)

しかし彼は「主の元が、嫌なはずがないだろう」と笑って一蹴していた。

「迎えですか、ありがとうございます」
「ああ、それもあるんだが…何か考え事をしていたようだったのでな」

俺で良ければ話を聞こう、と三日月はまた笑った。
先程すれ違っただけなのに彼は察してしまったのかと桜花は目を見張った。
そして同時に、彼は確か自分の本当の姿を見たことがあったと思い返した。

「……、聞いてもらえますか」

三日月は微笑みを湛えたまま頷いた。



件の彼のことから始まり、先程会った青年の加州の言葉について桜花は簡単に三日月に説明した。
時折相槌を打ちながら三日月は静かに聞いていてくれた。

「そして、あの方の加州に言われました。ヒトからしてみれば、私は化け物。ですが、刀剣男士からしてみればそれは違う…そんな口ぶりでした」

桜花は一呼吸置いて三日月を見上げた。

「あなた達刀剣男士にとって、私という存在はどういうものなのでしょうか」

三日月は表情を変えなかった。
桜花がこくりと固唾を飲み込んだとき、漸く三日月は口を開いた。

「主の力は、審神者として持ちえる力以外にも…ある。それは俺達には触れればわかるものだった」

三日月の視線が自らの手へと向けられた。

「それはな、主。俺達にとって特別なものだったのだ」
「特別…」

桜花がここにきたばかりの頃、こんのすけにこう言われた。

『主さまは特別な力を持った方。恐らくその力が刀剣男士の傷を癒したのかと』
『刀剣にとってとても甘美な力だったのでしょう』

特別な力。
それが桜花の持ちえる鬼の力ということか。

桜花は自らの両手を見下ろした。
そこにあるのはヒトの女の手と何一つ変わらない。

「私は…刀剣男士にとって、特別な何かであると…」
「そういうことだろう」

三日月はゆっくりと瞬いて頷いた。

「鬼、というものは…もしかしたら俺達に近いモノなのかもしれないな」

このとき、彼がどういう意味でそう話したのか桜花には知る由もなかった。






―――続

/

---