▼ 第四十一章


演練場での一件は他の刀剣達にも知らされ、その後すぐにこんのすけも現れた。
現状、ただの審神者間での揉め事だったと片付けられたとのことだったが、少しの間は演練を控えるべきだと言われた。
言われずとも、もう行くことはできないだろうと桜花は正した姿勢のまま思っていた。



「主がご飯を食べてない?」
「はい…」

片付けの最中、前田に呼び止められた燭台切はその手を止めて前田に向き合った。
本日のお世話当番だという彼は、視線を落として手元の膳を見つめている。
軽めにしたつもりだったが一口も手をつけていないだろうそれを見て、燭台切は困ったように息を吐いて笑った。

「やっぱり、しばらくは無理かな…。違うもの作ってみるから、後で持って行ってくれるかい?」
「もちろんです…!」

大きく頷いた前田はその膳を燭台切に預けると、桜花の部屋へと戻って行った。
それを見送り、ため息を零したときだった。

「主が、俺にその姿を見せてくれた時…生き辛かっただろうと言った」
「鶴さん」

厨の前の廊下で壁に背を預けて立つ鶴丸は、じっと床の木目を見つめていた。

「“寂しくて辛い思いをしなくて済むだろう”。そうとも言ったんだ。俺がいれば」
「……」

ぐっと手を握る彼を見て、燭台切は目を伏せた。






「あーるじ、主。なぁ、散歩行こうぜ散歩ー」

桜花の部屋の襖の隙間から、廊下に寝転がって顔だけを覗かせているのは獅子王だった。
しかし桜花は困ったように笑って「ごめんなさい」と一言告げただけだった。
その手には筆が握られているが、先ほどからそれが紙に文字を書いていないことは獅子王もわかっていた。
床に肘をついて顔を乗せ、獅子王は首を左右に揺らして続けた。

「夕飯は栗ごはんにしてくれるって、燭台切が。だから栗拾い行こうぜ」
「こら、獅子王。廊下に寝転がるんじゃないよ」

両手に紙の束を持った歌仙が彼の後ろから声をかける。
ちぇー、と唇を尖らせた獅子王を避けて歌仙は桜花の部屋に入った。

「主、今はそれほど仕事も無いし、獅子王と栗拾いしてきたらどうだい?」

色鮮やかな葉をつけた木々はとても風流だろう、と歌仙が桜花に笑いかける。
そんな歌仙に桜花は微笑んだものの首を縦には振らなかった。
今度は歌仙が困ったような顔をしたとき、「よっと」と獅子王が立ち上がった。

「なぁ主。俺栗ご飯食いたい。でも栗がないと食えない。そんで誰も俺と栗拾いに行ってくんねぇんだ」
「……」

眉根を下げて首を傾げてそうおねだりする彼に、桜花は負けたと言うかのように筆を筆置きに乗せた。



獅子王と一緒に玄関を出れば、待ってましたと言わんばかりにわらわらと短刀達が集まってきた。

「あるじさん!」

跳ねるようにして飛びついてきたのは乱で、その後ろでは何の為かはわからないが準備体操をするように膝を折る厚がいた。
その横には白衣を着た薬研が立っている。

「あるじさん、ボク達も一緒に行っていい?」
「え? ええ、もちろん…」
「やったぁ!」

きゃいきゃいと喜ぶ乱の後ろで薬研が厚に話し掛けていた。

「じゃあ頼んだぞ」
「おう、任せとけ!」

厚の返答に薬研は一つ頷くと本丸の中へ戻ろうと足を進めた。
桜花が首を傾げる。

「薬研は行かないのですか?」

眼鏡越しに目を見張った薬研はすぐににやりと笑った。

「なんだ、大将。一緒に行ってほしいのか」
「いえ、そういうわけでは…」
「俺は別件で仕事があってな。厚に薬草を頼んだんだ。まぁ、楽しみにしててくれや」
「楽しみに…?」

どういうことかと尋ねる前に彼はじゃあな大将、とひらりと手を振って本丸へと入って行く。
それと入れ違うようにして今度は博多が本丸から出てきた。
その手には大きな籠を持っている。

「あるじしゃん! これば持って!」
「博多…」

博多は意気揚々と重ねて持っていたそれを皆に配り始めた。

「仲間も増えたし、そりゃ大量に必要だよな」

たくさん拾おうぜ、とにかりと笑って獅子王が言った。

「余った分は売って儲けにするばい…」

ぼそり、と博多がそんなことを言っていた気がした。



紅色の葉や黄色、茶色。
落ち葉の上を歩きながら桜花は清々しい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
先頭を歩く獅子王と、その背中に続く乱と厚は楽しそうだった。
博多は先ほどから時々何かを見つけては屈んでぶつぶつと言っており、桜花は邪魔をしてはいけないかと声をかけずにいた。

そんな桜花の隣には本丸を出る寸前に合流した大包平が歩いていた。

「……」

前を歩く三振りと違ってここは会話することもなくただ目的地目指して黙々と足を進めていた。
やがて先を駆けるように歩いていた獅子王達の姿が見えなくなった頃、大包平が口を開いた。

「主がヒトでないことは、鶯丸から聞いている」

彼にしては静かな声だな、と桜花はぼんやり思った。

「俺は主が何者であろうが関係ない。が、ヒトはそうではないんだろうな」
「……」
「主は、ヒトに自分を受け入れてほしいと思っているのか?」

率直な問いかけだった。

「…さぁ…どうでしょうか。考えたこともありません…」

がさ、と積み重なった落ち葉を踏む音がした。
滑らないようにと足元に気を使いながら続けた。

「特に、受け入れてもらう必要性がありませんでしたから…」
「最後に見たあいつはどうなんだ」

知り合いか何かなんだろう、と続けた大包平が屈んで何かを拾った。
親切な彼の顔が頭に浮かんだ。
自然と籠を持つ手に力が入る。

「…ただ、申し訳なかったです…。自分が親切にしていたモノがヒトではなかったことに、少なからず衝撃を受けていらっしゃるでしょう。今まで私にしてくださったことを…悔いているのではないかと」
「だとしたら、何だと言うんだ。お前がなぜそこまであの審神者を気に掛けるのか、俺にはわからん」

突き放すような言い方だが、彼は本当にわからないのだろう。

「おこがましくも、私は彼のことを友人だと…思っていたからでしょうね」
「聞いたのか?」

大包平は拾ったそれを指先で摘み、しげしげと眺めていた。
視線が交わらず、聞き返そうとすると先に大包平が口を開いた。

「その友人に、ヒトでない自分の正体を知ってどう思ったのか聞いたのかと聞いている」

ちら、と視線を寄越した彼と目が合う。
真っ直ぐなその視線が今は少し痛い。

「…いえ」
「真実を聞きもせず落ち込んでいるのか、俺の主は」

ふんと鼻で笑われた。
確かに彼の言う通りか、と桜花は自嘲気味に笑ったときだった。

「だが、そんな主だろうとも、お前のところに顕現できたこと…俺は誇りに思っている」
「!?」

次に聞こえた思いも寄らぬ言葉に桜花は大包平を見上げた。
やはり彼は真っ直ぐにこちらを見ていて、桜花は思わずごくりと固唾を飲み込んだ。
今の流れでどうしてそうなるのか、と驚いて声も出せずにいれば大包平は手に持っていたそれを籠の中に放り込んだ。
ころんと小さな音がした。

「お前は美しく誇り高い、鬼と呼ばれる一族だそうだな。俺は童子切安綱と並ぶ、名刀の中の名刀。刀剣の横綱とも呼ばれている。そんなお前は俺の主として相応しい。そうだろう?」

そんな発想があるのか、と桜花は瞳を瞬かせた。
目の前の大包平は姿勢良く凛と立ち桜花を見下ろしていた。

「この俺にここまで言わせたんだ。堂々としていろ。お前は美しい」

ぱち、ともう一度瞬けば涙が一筋零れ落ちた。

「ありがとうございます、大包平…」
「感謝しているというならその分きちんと飯を食え」

厨の奴が困っていたぞ、食物に失礼だ、感謝して食べろ、主だろうが、と続けて説教をされた。
その都度はい、ときちんと返事をすれば大包平は最後には笑って「よし」と頷いた。

「大包平、一つだけいいですか?」
「何だ」
「今しがた貴方が拾ったのは栗ではなく団栗です」
「知っている!!」

怒鳴るような声が背後から聞こえ、獅子王達が肩を跳ねさせて振り返っていた。
しかし桜花は臆するどころか目元を拭いながらくすくす笑っていた。
すると乱が嬉しそうに桜花の元へと駆け寄ってきた。

「やっぱりあるじさんは、笑っていた方がずっとずっとかわいいよ!」

そう言って笑う乱に桜花もまた、目元を赤くしたまま笑って返した。





―――続

*別視点「とある男性審神者のおはなし」を拍手にて公開中(2019年2月現在)


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