追記

魂というものが入れ替わるなど、立体でできているこの次元では起こり得ないことだと思っていたのだが。『現実は小説より奇なり』とは、よく言ったもので。私、日本と、彼、プロイセンくんは、なんの因果か、入れ替わってしまったらしい。

発端と言えるかはわからないが、始まりの日、プロイセン君はうちへ泊まりに来ていた。二泊三日で観光するらしく、ならばと宅に招いたのだ。彼の乗った飛行機は無事、昼頃に日本へ到着し、それからさほどたたずに彼はうちの敷居を跨いだ。そこから軽くもてなし、ぽちくんの散歩を買って出てくれた彼が留守にしている間にいささか早めの夕飯を拵えた。若い人だし、肉料理が良いだろうと、作ったのはハンバーグとポテトサラダ、野菜のスープで、彼はいたく喜んで食べてくれた。作りすぎたかと懸念した料理は、とても綺麗に食されて気分が良かったのを覚えている。
その後は軽く腹ごなしにコンビニまで夜食のアイスを買いに行き、家を出る前にあらかじめ沸かしていたお風呂に、順番に入った。ほかほかのまま居間へ戻って、アイスを食べつつテレビゲームをして(八勝二引き分けだった)、布団を二枚ひいた。常であれば客室に一枚ひくだけなのだが、なんとなく会話を切るのが惜しくなり、また、彼も同じことを考えていたらしくお誘いを受けたので同室での就寝と相成ったのだ。ポツリポツリと他愛もない話をして、日付が変わる直前くらいにおやすみと言い合って目を閉じた。特に変わったところなどない、平和で穏やかな一日だったのだ。

翌朝、慌てた自分の声で(初めは自分の寝言かと思っていた)目が覚めて、眼前に広がる慌てた自分の顔を見たときは、まだ夢の中かと再度目を閉じたくらいの突拍子のなさで事は起こったのだ。目を閉じた後、結構な力でべちりと顔を叩かれて起こされたのは言うまでもない。状況を把握した私が、思わず立ち上がって身長を確かめたのも言わずもがなだろう。


そんなこんなで始まりを告げた入れ替わり生活は、思った以上に順風満帆に進んだ。無論、初めのうちは何をするにも違和感ばかり感じていたが、それも四六時中ともなれば存外あっさりと慣れるものだ。彼もそうだったらしく、二日目の終わりには何かにぶつかるなどというのもなくなった。特に不都合もなく、私たちは散歩をしたり、観光に行ったり、ご飯を食べたりした。
最初の難関というか、二泊三日で帰宅する予定だったのをどうするか、というのもあっけなく落ち着いた。私が、彼の真似をして電話をする。ただ、それだけ。カンペは彼が用意してくれていたから、本当に難なく日程の延長をすることができた。彼が彼ではないと気づかなかったことにいささか不満気な表情をしていたが、さすがご兄弟です、あなたの予測通りのことをおっしゃられましたね、と、そう言えば、当然、と笑って返事が返ってきた。そんな出来事から、気づけばもう4日が過ぎている。原因は未だ不明で、日が過ぎれば元に戻るかどうかだって定かではない。おそらく、イギリスさんに相談するのが最善なのだろう。それをしないのは、些細な下心のせいなのだが。全世界、万国共通の思い。好きな人のそばにいたい。恋は罪悪と言った彼の人に、心の中だけでうんうんと頷き賛同したところで彼が私の部屋の襖を開けた。最初の日以外、寝室は普段と同様に別けて寝ている。
俺もう寝るけど、お前はまだアニメ見るんだろ、夜更かしし過ぎるなよ、おやすみ。私の姿も板についた彼が、そう言って襖にかけた手に力をこめた。出ていくのかと思えば、じっと見つめてくる視線。何かあったのかと声をかけると、無言で首をふる。いっこうに動く気配のない彼に焦れ、立ち上がろうとしたところで小さく彼が何かを呟いた。きちんと聞き取れなかったから首を傾げてみせても、彼は何も言わずに出ていった。常日頃は騒がしいと言ってもいいくらいの彼だから、あんな態度をとられると不安になってしまう。何か粗相をしただろうか。イギリスさんを頼ろうとしなかったことに不振を抱いたのだろうか。気持ちが、バレたのだろうか。
考え出したらきりがなく、垂れ流しのテレビがむなしくBGMに徹している。考えても詮のないことだとはわかっているが、再度テレビへ向かう気もなく電源を消す。照明が発光していた名残で、部屋がボンヤリと明るく見えた。
「好きです」
この言葉が、いまだに言えない。



目を覚ませば、早朝だった。ここ最近は若い身体のせいかぐっすり眠れていたのに、とそう思いながら起き上がったところで異変に気づく。異変は、長年馴染んだ感覚だった。手を見下ろせば、黄色がかった肌の色。確認しなくてもわかる。元に戻ったのだ。思わずため息が出た。それは落胆ではなく安堵のもので、自分の身体ではないということは、本人がそうと意識しておらずとも苦痛だったのだと思い知った。自分の身体との感動的な再会にしみじみとしながら、さて、と枕に手をつき立ち上がろうとしたところで、小さくかさりと音がした。枕に音がなるような何かはのっていない。ならばと枕をどけて下を覗きこめば、折り畳まれたメモ帳の切れ端があった。開いて中を読む。
ドッダッダッダッダ、スパン。歩幅の大きい足音の後、蝋をぬってすべりやすくしてある襖が勢いよく開かれた。なんというタイミング。その言葉ばかりが頭の中で繰り返される。
「…!!」
襖を豪快に開け放ったプロイセンくんは、私の手の中のメモを見ると、はくはくと金魚の真似事をしはじめる。相手の動揺っぷりに、すっと落ち着いた。
「おはようございます、プロイセンくん。少しお待ちくださいね、今朝御飯を用意しますから」
気まずい状況は流すに限ると、寝乱れた布団と服装を整えて布団を出る。手にしていたメモは、少し迷って、元の場所に戻しておいた。



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