「結婚しました。」
その一言に社内が凍り付いた。
そして誰もが言葉を発した男を見た。
男は表情を変えることなく上司に向かっている。
男と対面する上司もまた、特に驚いた様子もなく男を凝視する。
「出張帰りの家にそのまま放ってきてるので定時に上がります。」
上司の言葉を待つでもなく、周りからの追及を拒むように男は続けた。
「もちろん、結婚早々旦那が帰ってこないようなら奥さんも心配するだろう。」
男の言葉に上司は表情を緩める。
未だ凍り付く社内を他所に上司はひとり、祝いの席や品について大層楽し気にあれこれ挙げては男に尋ねるが、男は表情を変えるどころか微動だにしない。
徐々に高ぶっていきひとり上演を始めそうな上司に、社内は徐々に温度を取り戻していく。遠くから安堵の息が聞こえた。
「結構です。」
安堵の息が引き攣った音がした。
上司の言葉を遮った男の言葉は再び社内を凍り付かせた。
「俺たちの邪魔さえしなければ、それで十分なので。」
そう言い残し男は上司に背を向け、その場を後にする。
凍り付いた空気などに構うことなく自席に戻るとすでに起動しているPCに向かう。
上司の許可は下りた。あとは有言実行するのみだった。