この日なまえは隣人の灰原と晩御飯一緒に作る約束をしていたため、隣のクラスの蘭と園子誘いに乗ることができなかった。
代わりに週末遊びに行く約束をして、校門前で別れることになった。

その帰り道、以前から気になっていたお菓子を買おうとコンビニに立ち寄ったところ、


「こ、この店の一番偉い奴呼んでこい...!!」


天井に向かって放たれた銃声を合図に立て篭もり事件に巻き込まれてしまった。


この事件を引き起こした人物、イコール犯人はニット帽に大きいゴーグルで目元を隠しはっきりと顔を確認することはできない。
格好も大きくジャケットを着ており体型がはっきりしない。わかるのは普通の靴を履いている身長ぐらいだろうか。あと事の発端を思い出せば、店員に言い寄った声は野太かったので恐らく男。
それと数、人数は一人。銃声の後、外部との連絡をしている様子が見られなかったから後続の仲間はいない様子。

店内には少なからず客がおり、なまえ含め全員がその場に座り込んでいる。静まり返った店内からは恐怖から女性のすすり泣く声も聞こえる。
急に起きた出来事に気が動転しているのか、携帯電話の操作音や外に助けを求める言動は見られない。

なら自分がやるしかない、となまえは鞄からスマホ取り出し、発信記録を呼び出した。
何かあったらすぐに連絡するように、言った沖矢の携帯番号が一番上に出る。
警察宛に掛けようとしなかったのは、自分も少なからず気が動転していて、一番信頼できる人に頼りたかったのだろう。
発信ボタンに手をかけると、俯く所に影が射した。
自分の影ではないそれを不思議に思いゆっくり上を見上げると、スマホに手を掛ける前にはレジ前で呼び出したこの店の偉い人、恐らく店長と揉めていた犯人の男が立っていた。


「警察に連絡するんじゃねえ...二度とその口きけなくしてやろうか...」

「...あ、えっと、警察じゃなくて...知人に...」

「口答えするんじゃ、ねえ!!」


銃を持つ右手を振り上げ、銃把でなまえの側頭部を殴りつけた。
その衝撃で陳列棚に衝突、棚の上段に陳列してあった商品は落下しなまえに降りかかり、下段にある酒類も倒れ瓶が割れる。多種の酒類の匂いが辺りに広がり、液体が床に広がり混ざり制服に大きな染みを作った。

手放したスマホが床を滑り、男の靴先に当たり止まった。
男はそれを容赦なく踏みつけ、バキ、と不穏な音を立てた。

店内は甲高い悲鳴、泣き崩れる声、浅い呼吸、圧倒的恐怖で支配されていた。


「他の奴も!!変な真似したらこいつと同じ目に合うぞ!!いいな!!!」


男は銃を持ち替え、ジャケットのジッパーを下ろした。その中に手を入れ、新たな獲物を取り出す。
それは鈍く光るナイフ。それを逆手に持ち替え、振り上げた。


「見せしめだ。恨むなら、余計なことした自分自身を恨むんだな。」


男が低く声にした。そして片膝をつき、ナイフをなまえ目掛けて振り下ろした。


頭を強打したなまえの意識ははっきりとしていなかった。だが男の言葉、悲鳴、泣き声、浅く激しい呼吸音は聞こえた。
確かに"恐怖"を感じた。だから真っ先に助けを求めたのが、最も信頼を置いている同居人の沖矢だった。

その手段を断たれた時、諦めを覚えた。

両親を思い出した。きっとこれは走馬灯。
いい思い出なんて少ししかない。共に過ごした時間など微々たるものだった。
公園に迎えにきてくれたことも、学校にきてくれたことも、一緒に買い物したこともない。
同じ年の子と違うことに対して"無い物ねだり"だと思うようになったのは早かった。
その時から、何もかも諦めた。

あの日、手をとり"友達"だと言ってくれた、あの子に会うまで。
あの日、"無い物ねだり"を"我慢"と形容し、それを褒めてくれた、あの人に会うまで。

また会いたい、そう思ったから、"生きよう"と思った。

だからまだ死ねない。

耳に届く悲鳴、泣き声、呼吸音が遠ざかっていく。
代わりに感じたのは、


命を刈り取ろうとする"殺意"だった。


棚の奥の無傷の瓶を掴んだ。
仰向けになり振り下ろされていたナイフを、瓶で受け止めた。
瓶は傷こそ作るが、割れることはなかった。

男はゴーグルの奥で目を見開いた。
なまえは呼吸を乱すことなく男を見上げていた。


「なっ、なんで割れねえ...!!このナイフは本物だぞっ!!」

「それが本物だって持ち主が本物じゃなければ紙だって切れない」

「わけわからねえこと、言ってんじゃねえぞ!!」


「残念だけど、その"殺意"じゃ私は殺せない」


ナイフの突きつけられた瓶を両手で押し上げた。
持ち上げられた瓶は振り下ろされた腕を押し返し、顔面に直撃。凄まじい音を立てて瓶は割れ、男の顔面にガラスと酒が襲い掛かった。
男はそのまま後ろに仰向けに倒れ、ナイフも銃も床を滑る。

男と同様、ガラスも酒もかぶったなまえは汚れも傷も気にすることなく立ち上がり、起き上がる気配のない男を見下ろした。


「本当に残念。恨むなら、殺意を向ける相手を間違えた、自分自身を恨んでね。」


外で待機していたであろう警察が突入してくる。

犯人はその場で現行犯逮捕。気絶していたため回復を待ち取り調べを行うとのこと。
一名犯人に抵抗した少女が切り傷などの軽傷。その他店員含め、店内にいた人は無傷。
関係者はその日のうちに事情聴取のため警察署に行くことになった。

こうしてコンビニ立てこもり事件は一旦の幕を下すことになった。

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