長く生活をしていた住居が焼失し、半ば無理矢理連れて来られた大豪邸。今じゃかつての隣人は同居人になっている。
その同居人とも何の問題もなく生活をし、住居焼失の際の怪我が完全になくなり、大豪邸での勝手もわかってきた時だった。

思い返せば信用できる交友関係と地に足のついた住居に安心して油断しきっていた。
こればかりは誰も責められない。

要するに何があったのかと言うと、


「なまえさん、買い出しに行こうと思うんですけど一緒に...、」

「.....。」


火の海から救い出した両親の形見の正体がバレた。

現在の同居人、沖矢昴は確かに扉をノックをした。
だがノックしたといってもその後の扉を開けるまでの時間が短すぎる。形ばかりの所作である。
手にしたそれをどうにかすることも制止の声を上げることも出来ず、

部屋で手入れ道具を広げ生身の刃を晒し手入紙をくわえ座ったまま開けた扉に手をかけたままの同居人を見上げることしかできなかった。

1分、10分、1時間にも感じられる長い沈黙の後先に口を開いたのは同居人だった。


「...なまえさん、お話があるのでリビングで待ってますね」


いつも見えない緑の瞳が微かに見えた。
見据えるというより睨まれるに偏った視線にただ恐怖した。
逃げられない。わかっている。
ただそれとは別の言いようのない"違和感"を目の当たりにして、覚悟を決めるしかなかった。




*****




リビングに行けば本当に待ち構えていた。
口端が引きつってしまったのは許してほしい。

恐る恐る正面のソファに座れば、問答無用で緑の瞳が睨みを利かせてくる。
その視線で人を殺せるのじゃないかと勘違いしそうな恐怖に駆られ、逃げるように俯き、発した言葉はあまりにも小さかった。


「...。...ないしょにしててごめんなさい...。」


視線だけ上げて様子を伺うが殺気に似た恐怖が払拭されなくてすぐに俯いてしまう。
その行動すら予想されていたのか、少しすると重いため息が聞こえた。直後、身を刺すような恐怖は途端に消えてしまう。
恐る恐る顔を上げるとそこにいたのは"いつもの沖矢昴"。果たしてあの睨みを利かす人物と目の前の人物は同一人物なのか。

疑いたくなったが、今はそれどころじゃない。


「しっかりしてるので時々忘れそうになりますが、なまえさんはまだ学生、未成年なんですよ。もう少し大人を頼ってもいいんじゃないですか。」


なんて真剣に言うから内心揺らいだ。
今まで生きてきて、そんな言葉をもらったことがなかった。

両親を早くに亡くしたこともあって、周りより早くに自立心が出来上がっていた。
その両親と過ごした幼少時も、何かと忙しい両親だったため楽しかった記憶は本当に少ない。
人付き合いが楽しいと思えたのは最近だ。
以前の住居にいた際、慕う子どもがいた。子どもだからと心配してくれる大家がいた。何かと気にかけてくれる隣人がいた。まあその隣人は今の同居人で目の前にいるわけだが。

息をついた。
それは諦めではなく、妥協でなく、勇気を出すための覚悟。


「昴さんが思ってるより厄介で面倒で、すごく重いですよ」

「そう思っているのはなまえさんだけじゃないですか」

「今よりもっと肩身狭くなりますよ、きっと」

「大人なんてみんなそんなものですよ」

「それに、私、もう子どもらしくできないし、甘え下手ですよ」

「それはなまえさんらしさでもありますし、無理に変える必要はないですよ」


「ただ君が少しでも君らしく生きられるように、僕にも手伝わせてもらえませんか」


これは信用から信頼への大きな一歩である。


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