事件後、唯一の負傷者であるなまえは病院に連れていかれた。
治療と聴取を受け、同伴していた刑事の車で自宅近くまで送ってもらい、木馬荘の事件後と同じように頬に大きな絆創膏を貼って帰宅することになった。すでに日は完全に落ちていた。
普段と何ら変わらない動作で玄関を開けたら
「...。」
「...。」
縦に長い荷物を背負い車のキーを持った沖矢に遭遇した。
「なまえさん、おかえりなさい。阿笠博士からまだ来ないと連絡があって今から迎えに行こうと思ってたんですよ。」
「...えっと、それとその背負ってるものとの関係が見えてこないんですけど...。」
「ともかくなまえさんが無事でよかった。明日にでも阿笠博士たちに顔を見せてあげてくださいね。」
なまえの帰宅を確認すると、沖矢は何事もなかったように部屋に引き返していった。
あの背負った荷物の正体は容易に想像できたが、聞くのが恐ろしかったので胸の中で留めておくことにする。
染みや匂いでどうしようもない制服を脱ぎ捨て、部屋着に着替え、リビングに戻れば、晩御飯の用意をしている沖矢の背中があった。
「晩御飯できてますよ。冷めないうちに食べましょう。」
なまえに気付きこちらを向いた沖矢は朝見送ってくれた時と何ら変わりなかった。
そこで大きく息をつく。
あからさまに肩を動かしたなまえを見て沖矢が歩み寄ってくる。
何事かと不思議そうに沖矢を見るなまえの頬を両手で包み、上を向かせた。開かれた沖矢の瞳と視線がかち合う。
「なまえさんは自身を守ることに長けています。ですが、だからといって“怖くない”はずはない。貴方はまだそれだけの経験をしていないのだから、怖がって当然です。何も恐れない“その日”がくるまで、甘えてください。」
「...っ」
「まあ、なまえさんが“僕たち”を信じてくれる限り、障害は取り除きますけどね。」
命の危機に直面した“恐怖”から、ここでようやく解放されたのを感じた。
自覚した瞬間、手が震え、目頭が熱くなり、息が詰まる。
帰ってこれたのだ。
何もかも諦めていた頃とは違う。
ここにいれば“恐怖”を感じる必要はない安心感。それを知ることになる圧倒的信頼。
何もかもが経験が浅くむず痒い。
だがこれは喜んでいいことなのだとわかったから、涙が溢れた。
頬を包む沖矢の手に触れた。
何も望まれなかった自分を、待っていてくれる人がいる。
そこでようやく帰宅した証を口にできた。
「ただいま...っ、昴さん...!」
「はい。おかえりなさい、なまえさん。」