「調子はどうだ、名前」
「変わりないよ、ラチェット」
診察台に座らされている名前。青いバイザーは傍らに置かれていた。だが顔を上げようとはしなかった。
基地内はいつもみたいに騒がしくはなかった。理由を上げるとすれば子どもたちがまだ午後の授業を受けている時間だからだろうか。他のオートボットは偵察を兼ねたパトロールに出かけているからでもある。
「...よし、他は正常に稼働中。何か気になるところは?」
ラチェットが名前の腕から手を離すと名前は顔を俯けたまま指を動かしてみる。先程までギシギシと不穏な音を立てていた指はなめらかに動いてくれる。反対の手もよく動く、足をぶらぶらと揺らしてみると思っていたよりも軽く感じる。
「ううん、もう大丈夫。ありがとう、ラチェット」
やはり顔は上げない。でも声色が少し嬉しそうに聞こえた。いつものことだ、だからそれだけでいい。
「...目の方は、いいのか」
「...。...うん、大丈夫。ラチェットがくれたバイザーがあるからね」
揺らしていた足がピタリと止まった。傍らに置いてあるバイザーを手にとる。
そして、ゆっくりと顔を上げる。ラチェットを見据える瞳は、"平和を望む空色"ではなかった。
「ほら、隠したいなら早くそれを付けるんだ」
「ラチェット付けてよ。私、上手く付けられないから」
「...。」
「なんだかんだ言ってやっぱりラチェットは優しいね」
「今からこいつを叩き割ってやろうか」
名前の手からバイザーをひったくるとぶつぶつと文句を言いながらバイザーを顔に取り付ける。ラチェットが手を離せば、そこにはいつもの名前がいた。
名前が診察台から降りる。すると謀ったかのように出入り口の方から複数のエンジン音が聞こえてきた。
心配するのは当たり前だ
そのバイザーはいつだって彼女を孤独にする。その奥に潜む"破壊しつくす深紅"は空色になろうと一枚の板越しに世界を見つめる。