再び自分に伸ばされる手が恐ろしくて強く目を瞑った。だがくるであろうその手は襲ってこない。
一体何が起きてるのだろうと薄目を開けて見てみれば、地に伏せた平腹がいた。


「...なんでこうなるんだよ」


納得いかない平腹のすぐ隣に立っていたのは田噛。問答無用で平腹を沈めたのは彼だ。


「さっきから何を騒いでるんだ!!」


影に祈梨を隠したままの木舌が振り返ると、谷裂がこちらにやってくる。眉間にこれでもかと皺を寄せて。
ああまた事が大きくなりそうだ、と木舌は小さく息を吐いたが、そこまで深刻には考えていなかった。


「ああ谷裂。いや、田噛と平腹が祈梨の目玉抉ろうとのしてて大変だったんだよ。」

「...なんだと?」


なんて笑いながら話すものだから谷裂の反感を買うのだ。
ああ、自分の慕うお兄さんを怒らせてしまう、と祈梨の気持ちは沈む一方。比例して頭も垂れる。
その様子を見て谷裂も違和感を覚えた。

確かに祈梨は消極的である。周りが積極的でそれに押されてる感はあるが、どちらにしても自分から主張はしない。
なにか問題があったとしても大丈夫の一点張りで何も語らないような子だ。
だがお兄さんと慕う谷裂に対しては存外素直であった。
戸惑いがちではあるが服の裾を引っ張られ引き止められることも多い。
谷裂の怒りが沸点を越え怒鳴り散らすような時も泣き喚いて最終的に谷裂の手を焼かせる。

だが今祈梨はそれらの意思表示をせずただ頭を垂れるだけ。
これは明らかな拒絶だ。
今更何かを隠さなければいけないような間柄じゃないはずなのに。


「祈梨、酒臭いだろうから早く出てこい」

「あははは!"お兄さん"は手厳しいな!」

「煩い!」


木舌にお兄さんと呼ばれる筋合いはない。そんなことより今は祈梨だ。
だが言葉をかけようにもこの木舌の影から出てくる気配は一向にない。更に言うと祈梨が頼ってくれていることに満足感を覚えている木舌が、いつも以上にニコニコしているのがなんだか気に食わない。


「谷裂でもだめか...あとは何したら出てきてくれるんだろう...」


佐疫が顎に手を添え考える仕草をした。
いくら言葉をかけても答えてはくれない。こうなったら物で釣りだすしかないだろうか。何も話してくれなくたって木舌から離れてくれば少しは事態が進展するはずだ。
それならこの間おいしそうに食べてくれたアップルパイでも作ろうか。
それで出てきてくれるなら佐疫は何枚だって焼くつもりだった。


「...おい」


田噛は未だ地に伏せる平腹の制服のポケットから紙切れを一枚取り出した。


「これ」


その紙には祈梨の右目と同じ似紫の瞳の女が写っていた。

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