祈梨の瞳は両方とも綺麗な菖蒲色だった。色味が谷裂に近いから、彼のことを"お兄さん"と慕っていた。それほど彼女は自分の瞳を好いていたし、その瞳によってもたらされたすべての事柄を愛していた。
「片方どこにおいてきたの?」
佐疫は木舌の後ろに隠れて出てきそうにない祈梨に聞いてみる答えは帰ってこない。それほど田噛が恐ろしかったのだろう。
木舌が言うに、祈梨瞳は右側だけ違うものが入っているそうだ。左側は愛する菖蒲色だが、右側は誰とも分からぬ似紫。
彼女が任務に就く前は両眼とも同じ菖蒲だったはずだと斬島も佐疫も記憶している。
そうだとしたら任務中になにか起こったに違いない。
だから本人から聞きたいのにさっきからこの状態。
一向に木舌から離れる気配はない。
どうしたものかと斬島と佐疫が顔を見合わせて困り果てていると、遠くからバタバタと五月蝿い足音が聞こえてきた。
「田噛!仕事いこー!」
廊下の角から出てきたのは平腹だった。
いつもと変わらぬテンションでこちらに走ってくると事態を傍観している事の発端の田噛の前で急停止。
二人は目を見合って言葉を発することはなかった。だが先に折れたのは田噛のほうで、あからさまに嫌そうな顔をして大きく溜息をついた。
「だるい。」
「行かない?」
「行かない」
「そっかー...」
簡単に諦めた平腹は何かを探すようにみんなを見渡した。
そして目的のものを見つけると誰からもわかりやすく目を輝かせた。その視線の先には、木舌がいた。
平腹は木舌の前まで行くと木舌を見上げる。やはり彼は大きい。
「俺?」
「駄目?」
「うーん、今は駄目かな」
「そっかー...」
そう言って木舌は平腹から視線を反らした。反らされる視線が気になり追ってみるとその影に隠れる彼女を捉えた。
「じゃあ祈梨!」
「...私?」
「うん」
「...行かない」
「どうしても?」
「...うん」
「そっかー...」
あてがはずれて然して残念がるわけでもなく残る斬島と佐疫を見る。が、すぐに祈梨に向き直り屈んで目線を合わせた。
目の前に現れた平腹の顔に驚き祈梨はさらに木舌の影に隠れてしまう。
だが平腹は構うことなく祈梨の顔をのぞき込んだ。
「うーん...なんかー...今日の祈梨...」
「...。」
「さっきのー...ああ、写真だ!」
「...写真?」
「そう!写真!さっき見せてもらった写真に似てる!」
それに気付いた平腹は満面の笑みをみせて喜んだ。
だが周りからしてみれば主語もへったくれもない一方的な会話を繰り広げられてお手上げ状態。
会話の相手であろう祈梨も呆気にとられて口が半開きだ。
「ほら!この目とかさ!あの写真そっくりじゃん!」
そう言って躊躇なく祈梨の右目に手を伸ばす。
その言動に一同、我に返った。